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アーティストのココロ

ネット社会

iPod課金が話題になっている。私的録音録画補償金制度の対象をiPodなどの携帯音楽プレーヤHDDレコーダーなどにも広げようというもの。

この類の著作権がらみの話になるたびに出てくる「著作権利者を代表する団体」というのが本当に権利者を代弁しているのかに私は疑問に思う。たとえば、87もの権利者団体がCulture Firstの理念を発表するというイベントが今年の1月にあった。87もの権利者団体があることに素直に驚いたが、この発表イベントでメッセージを寄せた権利者の方々が本当にiPodの仕組みを理解しているか正直疑問だったし、ここでメッセージを出している大御所ではない権利者がどのように考えているかは非常に興味ある。

たとえば、このイベントの記事がITmediaから出されているが、古典芸能の関係者もメッセージを出していたようである。落語をはじめこの種の古典芸能などはポッドキャストで手軽に楽しめるようになったことによる利点も大きいはずだ。現状はもしかしたらまだあくまでも実験的なもので、効果はまだ測れる段階ではないのかもしれないが、今後を考えた場合、古典芸能を楽しむ人の裾野を広げるためにはiPodのような携帯音楽プレーヤとポッドキャストまたはiTunesストアというのは魅力的なプロモーションになるだろう。近視眼的に考えるだけではなく、文化を継続して発展させていくために新しい技術との共存という視点は無かったのだろうか。もちろん、iPod私的録音録画補償金制度の対象になったからといって、それが出来なくなるというわけではないが、一方的にiPodユーザーを権利意識の少ないユーザーというように、iPodという新しいデバイスが既存の制度をすり抜けているかのように決め付けるのはどうかと思う。

昨年、縁があって、Mozilla 24というイベントの運営に携わることができたのだが、その中でクリエイティブコモンズの啓蒙のためのFirefox CC Studioというものがあった。このサイトでは今でも、伊藤穰一氏、坂本龍一氏、小山田圭吾氏の対談のビデオが見れるのだが、いくつか面白い発言を聞くことができる。坂本龍一氏は「JASRAC以外の権利処理の仕方」が無いかと問題提起しているし、小山田圭吾氏は「今の権利処理がどうなっているか正直きちんと説明できないし、若いアーティストはそれ(権利処理の仕組みを知る)どころではない」と言っている。このような発言を聞くたびに、私的録音録画補償金制度による権利者への利益の還元が正しく行われているかの疑問は大きくなるし、先のイベントでメッセージを寄せていたような大御所ではない若いアーティストがどのように考えているか聞けるものなら聞いてみたいと思う。

ビデオジャーナリストの神田敏晶氏の『YouTube革命 テレビ業界を震撼させる「動画共有」ビジネスのゆくえ』にも次のように書かれている。

また、一般の店舗や個人からの徴収にいたっては、調査すら行われていないという現実がある。実際、僕の経営するバーチューブでもJASRACに年間6000円の楽曲使用料を支払っている。これは僕の持っているiPodから流れる曲に対して課金されているのだが、どんな楽曲をかけたのかの調査が行われたことは一度も無い。この年間6000円はどう分配されているのか? マニアックな楽曲が好きな僕がヘビーローテーションしているインディーズのバンドにはきちんと著作権使用料が支払われているのだろうか? ほとんど99%洋楽がかかっている月はどうなるのだろうか?

極めてシンプルに考えると、本来、コンテンツはその作成者(楽曲の場合はアーティスト)と利用者(リスナー)で共有されるものであり、その間の著作権管理団体やデバイスのメーカーはすべて、流通網に過ぎない。実際、路上ライブを行っているようなインディーズバンドの場合はそこの流通は0ホップだ。手を伸ばせば届くところでコンテンツを共有している。間の流通網が複雑な仕組みを作り、さらには実際の権利処理や利益の受け渡しを不透明にし、もしかしたら不公平にしているのであるならば、そこを改善することが、制度拡大よりも先に必要ではないかと思う。

先のFirefox CC Studio中でも言っている。ライセンス関係の考えの基本にあるのは、アーティストに対するリスペクトだと。リスナーの想いがアーティストにきちんと届く。そのような制度と仕組みが必要であり、双方の想いがきちんと実現できるのならば今のような激しい反発が利用者から出ることはないはずだ。