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仙台で暗闇に包まれて

IT一般

昨晩、仙台にいた。そう、あの3/11以降最大の余震に遭遇したのだ。

被災地の状況を理解し、仙台のIT企業や開発者の方達と接点を持ちたいと仙台入りしていた。日中の被災地訪問やIT企業、自治体などとの打ち合わせを終わらせ、仙台の開発者の方と食事をしていた。仙台駅前の居酒屋。

そろそろお開きにしようか。お店の人もラストオーダーですがと聞いている。いや、もういいです。締めてください。

伝票がテーブルにおかれる。締めの言葉を言おうかと考えているそのとき、地震はやってきた。

最初は「あ、地震だ」と思う程度だった。まだ、余震も頻発しているのだなと思う程度だった。だが、すぐに気づいた。これは大きい。隣にいた日本Androidの会の東北支部長も慌てている。地元の人間が焦るとは相当なことだ。

店の人が「テーブルの下に入ってください」と叫ぶ。今、考えると、良く冷静に指示が出せたものだと思う。テーブルの下に入るのとほぼ同時に停電になった。

3/11と違ったのは長く続かなかったことだ。過ぎ去っていった、そんな感じだった。

「大きかったですね」
「いやー、怖かった」
「地元の人でも怖かったですかね」

とそんな会話をするかしないかのうちに、店の人が店外に非難してくださいと叫ぶ。

本当に店の人もお客さんも冷静だ。

えっと、支払いはどうすれば良いんだっけ。

聞いてみると、入り口(出口)のところでやってますとのこと。そこまで行く間も「床が濡れていますので、こちらをお通りくださいー」とどこまでも冷静なお店のスタッフ。余震慣れしているのか、もともと県民性なのか。自分も別に焦ってはいなかったが、店の人やほかのお客さんの冷静な対応を見て安心出来たところも大きい。

停電なのでレジは使えず、すべてアナログ処理。こんなときに領収書を切ってもらってごめんなさい。

店の外に出て集まってもらった仙台の開発者の人に挨拶をし、ホテルに戻る。

ホテルではロビーや道で皆待機している。

そうだ、心配している人に無事なことを知らせなきゃ。Twitter「生きてます@仙台」とツィートした

震災後は情報格差が生まれたといろんな人に聞かされた。それによって生死を分けるようなこともあり得たと。まさに昨晩それを私は実体験した。

まず、すぐに必要な人には無事であることを知らせた。

次に必要なのは今の状況を把握することだ。停電なのでテレビは見れない*1。ラジオを聞いている人がいたが、あれは専用のラジオだったのだろうか。なにせ真っ暗なのでわからない。

誰ががしゃべっている。「良かったわ。ちょうど少し自宅に備蓄をしたところだったんだよ」。

仙台の人はやっと生活がもとに戻りつつあるところだった。電気、水道、ガスなどが復旧し、JRや地下鉄などもやっと元に戻りつつあるところだった。そこに今度の地震だ。でも、ホテル前の誰かが言っていたように、3/11の教訓を活かして、備蓄をしたり、懐中電灯などを常備している人が多かったようだ。

だが、私は地元の人間ではない。ワンセグなんて見れる携帯は持っていない*2。ラジオなんてRadikoでしか聴いていないんですけどというレベルだ。

なので、ネット情報に頼らざるを得ない。

実は昼に聞かされていた、地震直後には安否確認以外ではITは使い物にならなかったですよ、と。

いやー、そうは言っても、ちゃんと使えればネットでかなりの情報は得られるでしょうと心の底では思っていた。

だが、甘かった。自分の判断は「東京の場合は」が着く、超どローカルな話だったのだと気づいた。

まず、Twitter。たしかに情報は流れる。だが、肝心の知りたい情報が得られない。余裕が無いときは、Twitter上でつながっていても、自分の今の境遇に対してなんらかの支援をしてくれるもので無い限りは見る必要がない。

私が知りたいのは、今、ここにいて安心かどうかだ。なので、#sendai のハッシュタグをつけてみた。これがまた。あまり役に立たない。仙台にいるのでもないのに、仙台近辺で発生したからというだけで、#sendai タグを付けてくる。もしくは一般的な仙台情報がここに流れてくることも多い。良く考えてみれば当たり前だ。#sendai というのは災害支援用に誰かがリザーブしているものでもない。仙台に関連する情報をいつ流そうが、それはTwitterから情報発信する人の自由だ。

ある程度は許容するとしても、昨夜のTwitterの使えなさは半端じゃなかった。そうは言っても実際に必要な情報は検索すれば見つかるでしょうと思っていた。えっ、そうじゃないの?

3/11には都内にいた。その時はTwitterが非常に役に立った。帰宅手段を調べるにもTwitterGoogleのリアルタイム検索。それらとキーワードを駆使して検索すれば、どの路線が動き始めている、どの路線が混雑している。どこの駅が殺人的に混んでいる。そういうことがすぐにわかった。どうしてもわからないことがあったら、Twitterに聞けば誰かが答えてくれた。

だが、これらはパイが大きい場合(ユーザー数が十分多く存在する場合)に通用する理論だったのだ。利用者が多ければ、ゴミは無視出来るレベルになる。だが、そもそも参加する人が少ないと、相対的に情報の精度は下がる。

もう間違いだとわかっているツィートがRetweetされてくる。仙台に住んでいるわけでもない人が #sendai タグを付けてツィートする。別に誰かがそれは利用規約違反だというわけでもない。別に間違ってはいない。

地震直後に閃光が走った。私は店の中にいたので、その光は見ていないのだけれど、Twitterを見るとみんなその議論をしている。私も最初は原発でついに水素爆発が起こったのかと思って心配したが、その後すぐにアーク放電である可能性が高いということがわかった。その時点で私にとっては地震直後のアーク放電に関する情報は可及的速やかにに必要とする情報ではない。

女川原発が3系統ある電源のうち2つがダメだったとかというのも流れてくる。不安を煽るようなツィートは見るものの、その後どのように判断されたかなどはあまりツィートされない。もしくは埋もれてしまっている。

女川原発ってここからどのくらいの距離だっけ?

こんな感じに、私の場合、地の利が無いから調べなきゃいけないことが多い。ほかの人から教えてもらわなければいけないことが多い。

さすがに仙台駅前まで津波被害があるとは思わなかったので、それはあまり心配していなかった。だが、東京にいるTwitterでフォローしてくれている人からは津波に気をつけろと言っていただいたりした。だが、私が欲しかったのはそうじゃなくて、停電範囲だったり、火災は起きているかだったり、ここ(仙台)に影響があるかもしれない近隣原発の状況なのだ。

例えば火災。今、ラジオでどっか地名を言ったよね。それってどこ? ここから近いの? 避難が必要なの? みんなここにいるから、まだだよね? 地元民でない私は周りの行動に気を配った。自治体からの指示がはっきりすれば良いが、夜だったせいか自治体からの指示というものはほんとんど無かった。

原発の状況には最後までひやひやさせられた。女川原発までの距離がわからないことは上に書いたが、ほかにも足りないものだらけだった。女川原発福島原発の安全性についての政府の最終判断は? いくらここしばらくのことで政府や東電への不信を消すことは出来なかったとしても、すぐに一応の公式見解は知りたい。どこ見ればわかるの?

前回の3/11のときは河北新報の新聞(号外など)が役に立ったと聞いた。サイトでの情報発信やTwitterでの利用でも河北新報社さんは良くやられていましたよと聞いたのでサイトを見てみたところ、まったく更新がない。かと言って、首都圏のニュースサイトを見てみたところで、最新の情報が載ったものは少ない。

そうこう言っているうちにAndroid端末のバッテリーが切れてきた。

情報が失われることがここまで怖いことだと思わなかった。

仙台に親戚も親しい友人もいない。
地理がわからない。
防災の備えがない。

後で知人に昨夜の経験を話したら、それは外国人が被災した場合と同じですねと言われた。

たしかに言語レベルではきちんと情報を取得出来るわけだけれど、自分で能動的に情報を得ることが出来なかったり、得た情報の中に地元民でないとわからないこと(地理も含む)が含まれていたので、経験としては外国人に近いものだと思う。

部屋に戻れば、MacBook Airがある。戻りたいとホテルスタッフに言うも、危ないのでちょっと待ってくれと言われる。仕方ないので、Android端末のバッテリーを使うときだけ通電するようにと工夫した。

そのわずかな時間でツィートしているときに、停電しているのに何故3Gが使えるのだろうと不思議に思って、Twitterで聞いた。古くからの知人の1人は予備バッテリーで動いているだけだから、使えなくなるようになるのも時間の問題だと丁寧に教えてくれてさらに不安を煽る。ありがとうありがとう。

かように、情報へのアクセス手段が無いことによる不安は時間が経つごとに増殖する。

しばらくして、落ち着いて来たということでホテルの部屋に帰ることが許された。

だが、電気はつかないし、水道も出ない。外は未だにサイレンが大きく鳴り響いている。警官は動かない信号の代わりに交通整理にあたっている。

光が無いというのがこんなに不安で、暮らしにくいものだとは思わなかった。

懐中電灯を持っていなかったので、洗面所だって真っ暗でわからない。

歯磨きくらいしたいんですが。えっ、水道も出ないの。

仕方ないので、余っていたお茶でした。今考えると、歯磨きをしたいなんて、なんて贅沢な欲望だったんだろう。

結局、電気と水道が復活したのは次の日の昼前だった。

情報が得られない。この不安は本当に大きい。

外にサイレンの音が鳴り響き、部屋のあかりもつかないなかで寝たわけだけれど、本当に寝て大丈夫だろうか。実はホテルスタッフは騒いでいないけれど、また近くの原発が爆発しているのではないか。疑いだせばきりがない。

情報が得られない、そのことがこんなに不安だということを身を持って経験出来たのは本当に良かった。東京への帰宅手段を失ったというのがおまけについてきたのは本当に余計だったが。

[追記 4/9 5:10am]いくつかTwitterはてなブックマークのコメントでもいただいたので、補足すると:

  • 被災地に行くということでの準備はしてあった。行く前に持参すべきもののリストを作ってあり、乾電池や小さいペンライト、水や食料、防寒具などなど。ホテルでは部屋に取りに行けなかった。小さいペンライトじゃなくて大きい懐中電灯にすべきだった*3とは思ったし、荷物になっても日中行動する際もカバンに入れておくべきだったと思った。
  • 水はあったのにお茶で歯磨きしているのは単なるズボラ。お茶は蓋を開けてあったからというだけ。
  • 一緒にいた方はどうしたのかというコメントもあるが、命の危険とかは無いことはだいたいすぐにわかったし、日本語もしゃべれるわけなので、一緒にいた方たちには帰宅していただいた。彼らも被害にあっているかもしれない自宅を見なければいけない。実際、場所によっては3/11よりも被害が大きかった人もいた模様だ*4。また、彼らを含め、仙台在住の人からはすぐに「大丈夫ですか?」、「困ってませんか」と連絡が来た。仙台で知り合った人たちからのサポートは十分受けている。
  • あと、私も行くまでわからなかったが、仙台中心地はほぼ復旧している。ガスが復旧したのはつい最近というところなどもあるようだが、普通の生活をほぼ取り戻しつつある。実際にはまだまだ不便なこともあるので、これで大丈夫というつもりもない。だが、ある程度落ち着きを取り戻している市の中心地であったので、土地に不慣れな私でもサバイブは十分出来る。ただ、不安な心というのは理屈では無かった。
  • ネットが役に立たなかったかと書いたが、考えてみるともう少し使い方はあったように思う。Twitterでも心配かけてはいけないと、私からはツィートしなかった。バッテリー切れの可能性があってしょっちゅう電源を切っていたので、コメントされてもそれに返答出来ない可能性があったからというのもあったかもしれない。だが、こちらから知りたいことをツィートしたならばおそらく仙台在住か仙台に詳しい人が答えてくれたろう。

[追記 4/10(日)10:04am]もう1個追加でブログを書いた → 仙台での一夜から学ぶこと

*1:前回の3/11ではワンセグが大活躍だったらしいが、昨夜は私のホテルの宿泊客でワンセグで情報を得ている人はいなかった

*2:正確には持っている1台はワンセグは見れるのだけれど、専用のアンテナ兼ヘッドフォンが必要で、そんなものは常に持ってはいない。

*3:これは私のミス

*4:私がその時にお会いしていた人にいたかは確認していない