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キーボードのある風景 〜 Surfaceの発表から

風景はそこに存在する1つのもので大きく変わる。自然の中に突如現れたコンクリート建造物しかり、落ち着くバーに持ち込まれたデジタル機器しかり。

マイクロソフトのSurfaceの発表を見て、2つの独立した感情を抱いた。

1つは、一部メディアが「最終兵器」と呼ぶにしては、予想の範囲内であったという、多少のガッカリ感。マイクロソフト自身がハードウェアまで手がけるというだけで十分に特筆すべきことなので、これはメディアの煽り方が醜いというべきか、もしくはマイクロソフトほどの会社に対しては常に市場の予想を大きく超えるものが求められているという証か、いずれにしろマイクロソフトの所為ではない。

もう1つは、マイクロソフトのSurfaceに限ったものではない、物理キーボードを装備したデジタル機器全般に対しての感情だ。

デジタル機器の利用は未だに時と場所を選ぶ。医療機器に影響を与えるなどという話ではない。デジタル機器が創りだすエクスペリエンスが時と場所を選ぶという話だ。

以前、Google+にも書いたことがあるのだが、あるビアレストランでMacBook Airを開いたら、注意されたことがある。ほかのお客への配慮からの注意だと思うので、それ自体にケチを付けているわけではない。私の気配りが足りなかったと思い、反省している。だが、MacBook Airの何がいけなかったのかも同時に疑問に思った。

スマートフォンを利用している人は注意されていなかった。

スマートフォンについては許容範囲であるということから、スマートフォンMacBook Airの違いについて考えてみた。違いは、大画面であることとキーボードを装備していることの2つであろう。大画面であることは、そこから発生する光が、店と店に居合わせるお客に不必要なアテンションを与えることになる。スマートフォンの場合も同じ問題はあるが、画面が大きい分、出される光量は大きい。店舗が暗い場合には気にされるだろう。また、画面が大きいことに関連して、デバイスそのもののサイズが大きくなることも懸念される。

もう1つは、根拠は無いが、当該の店も、ほかの類似した店でも、タブレットは大丈夫だったのではないかという推測から、物理キーボードの有無が、デバイスがその風景に溶け込めるものになれたかどうかを分けたのではないかという考えだ。

多くの客は昼間とは違う空間を求め、夜に恋人と友人と家族と食事をする。酒を飲む。その場に、仕事の延長のイメージの強いキーボードという存在を持ち込まれることは当然のように拒否される。打鍵音がうるさいなどということもあるだろうが、それよりも、「存在そのものが我慢できない」というのに近い。

大量のテキスト入力には、今でも物理キーボードによる入力のほうが得意という人は私に限らず多くいるだろう。そのような人たちにとっては、スマートフォンにしても、物理キーボードがあるモデルというのは根強い人気がある。タブレットにしても然り。

マイクロソフトは過去にも、タブレットPCというハードウェアのためのOSを用意していた。ThinkPadのタブレットモデルなどは、ThinkPadラバーな私の心を鷲掴みにして、もう少しで買うところだった。

このモデルに限らず、過去の物理キーボードも備えたタブレットというものの多くは、ビジネス用途を中心に考えていた。その意味では、本格的に物理キーボードを備えたタブレットがコンシューマー市場で真価を問われるのはこれが最初なのかもしれない。

Surfaceの物理キーボードは磁石により接続されているため、簡単な操作で取り外し可能だ。これは、上で述べてきた課題を簡単に解決する。つまりは、風景に溶け込まないような場所では、キーボードを外せば良いのだ。ビデオなどで見ると、装着と脱着は極めて簡単に行えるようなので、これは1つの解決策だろう。また、キーボードは、独自感圧技術でキー入力以外にもタッチパッドとしても動作する厚さ3mmのTouch Coverと通常のキーボードと同じ操作性を提供する厚さ5mmのType Coverの2種類がある。このTouch Coverもその出来によっては、今までのキーボードとは異なる受け入れ方をされるだろう。

Surfaceが、物理キーボードを持つデジタル機器として、どのようにさまざまな風景に溶け込むことができるか。大変興味深いし、期待している。従来のマイクロソフトはアップルなどと比較すると、コンシューマーの心を激しく揺さぶるようなデバイスの提供という面では、あまり成果をあげていない。このSurfaceで、コンシューマーからイノベーションが始まる今の時代*1に切り込めるか興味がある。

風景に溶け込むためには、限りなくアナログ的になる必要があるという考えもある*2。キーボードは無しで、タッチ入力か、むしろペン入力のほうが好ましい。画面も電子インクや電子ペーパーの技術を取り入れ、紙に近くする。だが、デジタル機器がデジタルの良さを保ったまま、多くの風景に溶け込む方法があるはずだ。機器の普及とともに市民権を得ていくであろうが、それと同時にデジタル機器側も、風景に溶け込むようなエクスペリエンスを考えていく必要がある。

静かなバーに入り、多くの客が薄暗いライトの下で本を読んでいたり、紙に書き物をしているようなところで開いても違和感のないようなデバイス。そのようなものを思い描くなかで、Surfaceの存在は正直とても気になるものだ。早く実際に触ってみたい。

*1:[http://d.hatena.ne.jp/takoratta/20120329/1333033813:title=参照]

*2:雰囲気を重んじるバーなどでは、新聞や雑誌などをカウンターで読むことも遠慮してもらうところがあるようだが、そのような店はここでの議論からは除外する。