今日のユーザーと明日のユーザー

新製品の開発をする際や既存製品の次期バージョンを検討する際に、十分にユーザーリサーチをし、ユーザーの欲するものを理解することが重要だと良く言われる。

だが、ここに落とし穴がある。

クリステンセンの「イノベーションのジレンマ」では、ユーザーの声を聞き、十分に既存ユーザーのニーズに応えていた優良企業も、破壊的なイノベーションを持つ企業によりその市場ポジションを奪われてしまうことが解説されている。

また、少し前になるが、PRESIDENT誌にも、「顧客の声を聞け」という「常識のウソ」という記事が掲載されている。この記事はクリステンセンの理論をベースにしたものであるが、経営者ではなくビジネスの実際の現場の視点で、ユーザー指向になり過ぎた場合の問題点が指摘されている。

さらに、同じPRESIDENT誌で、ソニーの黎明期からの話が連載されていたことがあったが、その中でウォークマン開発の際に、従来のマーケットリサーチでウォークマンの重要があるかを探ろうとする部下を盛田氏が一喝する場面が出てくる。盛田氏いわく、今まで存在していないまったく新しいものを開発しようとしているのだから、既存のユーザーに対しての従来のマーケットリサーチなど意味ないと。

一方、ヒッペルの「民主化するイノベーション」ではユーザーによるイノベーションを製品開発に取り込むことが提案されている。すでに、イノベーションは企業側だけではなく、ユーザー側で起きていると、ヒッペルは言う。オープンソースに代表されるように、ユーザーにイノベーションの機会を与え、それを取り込むことが企業の成功の方法の1つであると。

どちらの論も一理ある。私には2つの理論が完全に相反するものだとは思えない。要は誰をユーザーと考えるかに因るのではないだろうか。

今日のユーザー(=既存のユーザー)の声を聞くべき時と、明日のユーザー(=新規ユーザー)の声を聞くべき時。製品や機能により、異なる。気をつけなければいけないのは、明日のユーザーは、自分がその製品や機能の(将来の)ユーザー(になりうるの)だということを知らない可能性があることだ。一方、開発側も、既存ユーザーの声は聞くが、新規ユーザーにはそもそも出会うことは少ないし、その声を正しく理解することはできない。

真にイノベーティブな製品やサービスを開発するには、明日のユーザーを正しく把握でき、アプローチできた企業なのだろう。

以下の一節はまさに私の考えていたことを代弁してくれている。

そこには、自動車産業の父、Henry Fordの言葉「もし私がカスタマーに何が欲しいかと尋ねたら、彼らは『もっと早い馬が欲しい』と言っていたでしょう」が引用してあり、「カスタマー(顧客)の声を聞くことは大切だが、彼らに『何が欲しいか』を聞いても必ずしも答えは出て来ない。それよりも彼らの行動を良く観察し、どんなところで苦労しているか、彼らなりにどんな工夫をして今あるものを使いこなしているかを理解した上で、何を作るべきかを考えるべきだ」と結論付けている。

ものすごく共感できる。この業界にいると、「ユーザーの声を聞くことは大切だ」というセリフは良く聞くが、それを頭から「ユーザーが欲しいと言っているものを作れば良い」と誤解している人たちが結構多いので困る。そんな人たちに、こちらが一生懸命考えた斬新なアイデアを提案すると、「そんなものを欲しいと言っているユーザーは一人もいない」と頭から否定されることがある。ユーザーが存在することも知らない新しいサービスや製品を提案しているのだから、いなくて当然なのにもかかわらずである。

CNET Japanブログ: ユーザー指向のもの作りに関する一考察より