IBM化するマイクロソフト

ぶっちゃけな話、マイクロソフトの提唱するSoftware Plus Service っていうのと、Software As A Service (SaaS) ってそう大きな違いは無い。

両方ともインターネット上にもっとデータやサービスを移行しましょうと言っている。SaaSを推進する各社だって、クライアントが本当に馬鹿になってもらっちゃ困るわけで、ブラウザには高速にレンダリングはしてもらう必要はあるし、JavaScriptエンジンにはDOMの操作とかのクライアント側の処理はぱぱぱっと高速にやってもらう必要はある。どこまでクライアント側に依存するかはアプリケーションによって異なるだろうけど、クライアントにまったくデータを置かないことはない。一時的なキャッシュ領域は必要だ。

つまり、ちょっとした違いはあるにせよ、マイクロソフトが言っているのはSaaSなのだが、SaaSと言ってしまえない事情があるのだ。

マイクロソフトはもともと「ルールブレイカー」だった。

PCがまだコンピューターの専門家からはおもちゃとしか見なされなかったときも、その上で表計算ソフトや文書作成を実現させ、PC市場を作り出した。

Windowsがワークステーションの代わりになどになるかと、まだ多くの人が懐疑的だったときも、ワークステーションの上でしか提供されていなかった多くのアプリケーションを移植して、ワークステーション市場を駆逐した。

Windowsでエンタープライズ処理など無理と考える人が多かったが、結局、多くの顧客をエンタープライズ市場においても得ることに成功した。

ミッションクリティカル領域やHPC市場など、既存の市場を破壊することで、新たなルールを作り出す。それがマイクロソフトだった。

それがどうもクラウドコンピューティングに関しては歯切れが悪い。

既存顧客の資産を守りつつクラウドへ移行する。なんともユーザーに優しい戦略だ。競合に打ち勝ち、新たな市場を創成することをDNAとしてきたマイクロソフトが「緩やかな移行」を打ち出している。つまり、マイクロソフトも守りに入っているということだ。勘違いしてもらっては困るが、これは必ずしも悪いことではない。

かつてのIBMがそうだった。たとえば、OS/2にはAS400の代わりになられては困るわけだが、PCが台頭する中、何も出さないわけにはいかず、OS/2で小規模なサーバーは実現できるようにした。Windows Serverがエンタープライズにおいて地位を固めてきたときも、積極的にはダウンサイジングを進めることはしないが、ただ希望する顧客には提供できるように、きちんとWindows Server上にもソリューションを用意する。

囲い込んだ顧客を逃がさないために、そのときそのときの時流となった技術は抑え、品揃えは良くして置く。ランチェスター戦略の強者の論理だ。王道を行っている。

今回のWindows Azureは既存のWindows開発手法が活かせることが特徴だ。Visual StudioASP.NET用の開発を行っていた人ならば、簡単にWindows Azure上でもシステムが開発できる。MSDNのサイトでビデオを見たが、Visual Studioの高い生産性が活かせるようで、なんともステキだ。

だが、本当にマイクロソフトの戦略が盤石だろうか。

上に例であげたのをもう一度見て欲しい。マイクロソフトが既存の価値観を壊し、新たな市場を創造したのは、仲間がいたからだ。仲間=開発者だ。Windowsがエンタープライズに普及しだしたときに、社内向けのクラサバ*1のアプリケーションを書いた多くは、既存のメインフレームやオフコンコボラー*2ではない。むしろ、VBやAccessを覚えたばかりの新しい開発者だった。いや、コボラーも多かったかもしれないが、そのときに使った開発手法はメインフレームやオフコンのそれではない。マイクロソフトにより新たに提供されたWindowsに最適化された効率性の高い開発ツールや方法論だった。

クラウドコンピューティングの時代に、新たなクラウドアプリケーションを書くのは、果たして、Visual Studioに慣れた開発者だろうか。少なくとも、現在、Web開発者の多くは、ASP.NETよりもJavaPHPやRoR*3を使っており、こちらが主流になりつつある。

既存顧客の資産を守るという守りに入ったマイクロソフトと既存の価値観を破壊しようとする現在のWeb開発者。なんとも皮肉な構図だ。

最後に私の好きな言葉で締めてみよう。

「古い船をいま動かせるのは古い水夫じゃないだろう」(by よしだたくろう

がんばれ、レイオジー。

<追記> 以前書いた「互換性と拡張性は両立するか」という記事も参考にされたし。また、ブックマークでコメントもらったが、国内のWebサーバー(インターネットに公開しているもの)のシェアはIISはとてつもなく低い。米国がApacheとならぶ2頭になりえているのとは大きな違いだ。「定点観測:日経225に含まれる会社が採用のWebサーバー 2008年秋編」を参照されたし。

*1:クライアントサーバー

*2:Cobolプログラマ

*3:ちょっと粒度やレイヤがはちゃめちゃだが