PayPalマフィアは、実際に何をやったのか

この業界(どの業界なのかはともかく)にいて「PayPalマフィア」という言葉を聞いたことがない人は少ないのではないか。

私が初めて聞いたのはいつだろう。思い出せないが、かなり前だったのは間違いない。

でも告白すると、初期のPayPalで彼らが実際に何をやったのかを、長いことまったく説明できなかった。名前だけが妙に有名だった。

テスラとスペースXのイーロン・マスク、LinkedInのリード・ホフマン、YouTubeのチャド・ハーリー。元をたどると、みんなPayPalにいた人たちだ。並べてみると、そんなにいるのか、と改めて驚く。今でこそそれぞれ巨大な存在で、マスクやティールにいたっては名前を見ない日がないくらいだ。ただ、今やりたいのは「現在」の話ではない。彼らがまだ無名だった頃、一つの決済スタートアップで何をやって生き延びたのか。そこが知りたい。なので、ちょっと前に調べてみた。

具体的にたどってみると、やっていたのは現金のばらまき、偽の需要の演出、他社への寄生……と、なかなかエグい手の連続だった。その一部は、拙著「プロダクト倫理」でも紹介している。

そのエグさ自体は、正直に言えば意外ではない。意外だったのはむしろ、その一つひとつが、今の自分たちのプロダクトの作り方にまで影響を与えていることのほうだった。良くも悪くも、彼らが当時やったことは、今のプロダクト開発にそのまま生きている。

PayPalには二つの源流がある

PayPalが、もともと別々の二社が合併してできた会社だということは、よく知られているだろう。ピーター・ティールたちが作ったConfinityと、イーロン・マスクが作ったX.com*1が、2000年に一つになった、という話だ。今をときめく(色んな意味で)この二人が、もともとは別会社のライバルで、現金をばらまいてユーザーを奪い合ううちに、どちらも資金が尽きかけ、共倒れを避けるように合併した——という経緯は、それだけでも面白い。その「現金のばらまき」が何だったのかは、すぐあとで見ていく。

知らなかったのは、それより1レイヤ深い部分だ。ティール側のConfinity、つまり合併前の片方の会社の中だけでも、出自の違う二つのグループが混ざっていた。一つはスタンフォード系で、ティールと、彼が学生時代に作った学生新聞「The Stanford Review」の周りに集まった人脈。のちにLinkedInを立ち上げるリード・ホフマンも、もとをたどればこちら側だ。もう一つはイリノイ大学(UIUC)の技術者グループで、ここにマックス・レヴチンやルーク・ノセックがいる。ウクライナからの移民で、不正対策にめっぽう強かったレヴチンが、やがて技術側の中心になっていく。スタンフォードの起業家気質と、UIUCの泥臭い技術者気質。毛色の違う二つが、合併する前から一つの会社の中で同居していた。

人を数え上げるときりがないので、この記事では、初期PayPalを実際に生き延びさせた実務家に絞りたい。特に注目したいのは、いま名前を出したレヴチンだ。

マックス・レヴチン - Wikipedia

彼らが初期にやったこと

良いプロダクトを作れば売れる、というほど世の中は甘くない。そんなことは百も承知、という声が聞こえてきそうだ。ただ、彼らは「良いものを作ったのに売れない」状態から一気に成長へ駆け上がったのだから、その秘訣は知っておいて損はない。

そもそも初期のPayPalが売りにしていたのは、「メールアドレスさえあれば、誰にでもお金を送れる」という機能だった(オンライン決済のイメージが強い今のPayPalとは、少し印象が違うかもしれない)。しかも、この機能自体、最初から狙っていたわけではないらしい。初期の構想は携帯端末どうしの送金で、それを「でも相手が端末を持っていなかったら?」と問い直したのがホフマンだった、とされる。端末を介さずメールで送れるようにした瞬間、このプロダクトは爆発的に広がる余地を得た。良いものはできた。ただ、問題は誰にも知られていないことだった。

彼らがまずやったのは、現金のばらまきだった。新しく登録した人に現金を配り、その人が友人を紹介すると、紹介した側にもまた現金が入る。金額は一人あたり10ドルほど*2。今でいう友達紹介キャンペーンの始まりだ。

ただ、この施策の本当に巧いところは、配る金額の大きさではない。受け取り方のほうにある。配られた10ドルを実際に受け取るには、PayPalの口座を作り、自分の銀行口座と紐づけて、入った残高を引き出す——という一連の操作を、自分で一度やってみるしかない。タダで10ドルもらえると思って始めた人は、もらい終えたときには、PayPalでお金を受け取る手順を、ひととおり体験し終えている。広告で「便利ですよ」と説明する代わりに、便利さそのものを一回やらせてしまう。配った現金が、ユーザーにとって最初のプロダクト体験になっていた。

次の手は、もっときわどい。当時、個人間の決済がいちばん盛んだったのは、ネットオークションのeBayだった。そこでPayPalのチームは、ボットを放った。eBayの出品を機械で次々に巡回し、商品を落札したうえで、出品者に「支払いはPayPalでしたいのですが、使えますか?」と自動でメッセージを送る。落札できなくても、あらかじめ「PayPalは使えますか?」と問い合わせだけ送っておく。

出品者からすれば、見知らぬ買い手が次々と「PayPalで払いたい」と言ってくる。それなら登録しておくか、という気になる。だが、その買い手の多くは、PayPal自身が動かしているボットだった。実際にはまだ存在しない需要を、機械でそれらしく演出していたわけだ*3。こうしてeBayの出品者たちが、こぞってPayPalを入れていった。需要をでっち上げた、と言うと言い過ぎかもしれないが、ない需要をあるように見せたのは確かだ。

そしてもう一つが、寄生型の成長だ。PayPalは、出品者が自分のページに貼りつけるだけで使える、短いHTMLのコードを配った。ウェブの専門知識がなくても、指定された文字列を自分の出品ページにコピー&ペーストすれば、「PayPalで支払う」というボタンが表示される。買い手は、そのボタンを押すだけで支払いに進める。

このボタンの設計に関わったのが、当時PayPalのウェブデザイナーだったチャド・ハーリー——PayPalを離れたあとにYouTubeを立ち上げた人物だ(PayPalのロゴも彼のデザインだとされる)。このボタンのおかげで、eBayの何万という出品ページに、PayPalのロゴと「支払う」ボタンが、無料で次々に並んでいった。他人のプラットフォームの上に、自社の看板をタダで増やしていく。「まず道具として使ってもらい、そのままネットワークに囲い込む(come for the tool, stay for the network)」という、今ではすっかり定番になった型の、これが初期の実例だ。

この一連の手口は、私が拙著『プロダクト倫理』で「倫理的にグレーな成長施策」の例として取り上げたのも、ちょうどこのあたりだ。

だが、それだけではなかった

ただ、ばらまきと演出だけで、生き延びられたわけではない。むしろPayPalは、その後一度は会社が傾くところまで追い込まれている。

2000年から2001年にかけて、ドットコムバブルが崩壊した。新しい資金を集めるのが、いっぺんに難しくなる。そこへ、東欧やロシアのカード犯罪集団による詐欺被害が重なった。盗んだクレジットカードの番号でPayPalに決済をかけ、現金を抜いていく。一時は月に1,000万ドルを超える不正流出があったとされ*4、放っておけば会社が立ち行かないところまで膨らんだ。

これを技術で止めたのがレヴチンだった。彼が率いて作った不正検知の仕組みが「Igor」だ。名前は、当時の捜査線上に上がったロシア人詐欺師にちなんでいるそうだ。仕組みとしては、機械が怪しい取引を自動で拾い、最後は人間のオペレーターが判断する。この組み合わせで、不正を片端から止めていった。あわせて、登録時に歪んだ文字を読ませて相手が人間かボットかを見分ける仕組み(いまでいうCAPTCHAの、ごく初期に大きく普及した商用実装の一つ*5)や、相手の銀行口座に数セントだけ振り込んで「いくら入ったか」を当てさせる本人確認(マイクロデポジット)も導入した。今のネット金融サービスなら当たり前に見かけるこれらの仕組みを、早くから本格的に実戦投入した会社の一つが、この時期のPayPalだった。

ただ、このIgorには、後の話につながる影があった。誤検知だ。詐欺を取りこぼさないよう網を厳しくすれば、その分、なんの落ち度もない普通の利用者まで「怪しい」と判定してしまう。会社を救ったその仕組みは、同時に、無実の人の口座を一方的に凍結し、資金を止めてしまう仕組みでもあった。この副作用が、のちに大きな批判を呼ぶことになる。アカウントの凍結や停止をめぐる似たような話は、今のサービスでもよく聞く。

法律との付き合い方も強引だった。お金を預かって送る事業には、本来、アメリカでは州ごとに送金業のライセンスが要る。ところがPayPalは、それを取り切らないまま走り出し、まず利用者を一気に増やしてしまう。これだけの人が日常的に使っているものを、いまさら止められるのか——そういう既成事実を先に作ってから、後追いで各州のライセンスを取りにいった。ルールに先回りして許可をもらうのではなく、先に広げてしまって、ルールのほうを追いつかせる。この方針は、主にティールが引いたものだとされる。

この「先に広げて、規制をあとから追いつかせる」やり方も、実はPayPalだけの話ではない。拙著「プロダクト倫理」では、配車サービスのUberが各都市で同じことをした例を取り上げた。タクシーの規制が固まる前にドライバーと利用者を増やし、行政が止めようとする頃には、すでに多くの市民の足になっている。十年以上を隔てて、同じ型がくり返されている。

それは、今のあなたの作法でもある

ここまで読んで、「ひと昔前のスタートアップが、やんちゃをしていた頃の話」だと思ったかもしれない。だが、すでに気づいていると思うが、これは過去の話ではない。

現金を配る紹介プログラムを、うまく作り替えたのがDropboxだ。スタートアップ当時のDropboxには、PayPalのように現金をばらまく資金はなかった。そこで現金の代わりに配ったのが、自社サービスそのもの——クラウドの保存容量だった。友人を招待して、その人が使い始めると、招待した側にもされた側にも、無料の保存容量が上乗せされる。自分のサービスを配るのだから追加の出費はほとんどなく、しかも容量が増えれば増えるほど、ユーザーはDropboxを手放しにくくなる。創業者のドリュー・ヒューストン自身が、この仕組みをPayPalの紹介プログラムから着想したと認めている。

偽の需要を演出する手も、形を変えて受け継がれている。掲示板サイトのRedditは、立ち上げ当初、創業者たち自身が大量の偽アカウントを作って投稿し、いかにも賑わっているように見せた、と本人たちが語っている*6。誰もいない店には、誰も入りたがらない。だから、まず人がいるように見せる。eBayのボットと発想は同じだ。

他人のプラットフォームに寄生する型なら、Airbnbが初期にやったCraigslistへの相乗りが知られている。Airbnbに登録された宿を、当時もっと人が集まっていた別の掲示板Craigslistにも自動で投稿し、そちらから客を引っ張ってきた。これも相手の許可を取ったものではなく、当時から倫理的にも法的にもどうなのか、と指摘されていた。

こうした例は、ほかにも数えればきりがない。これらすべてが「PayPal発祥」だと言いたいわけではない。こうした手口が広く普及して、グロースハックの教科書に当たり前のように載るようになった、という認識だけは揃えておきたい。

これは、遠い昔の誰かの成功談ではない。今私やあなたが書いているコードや、今まさに組もうとしている施策の、作法そのものだ。紹介キャンペーンを設計するとき、競合のサービスに自社のリンクを撒くとき、まだ薄い需要を「人気がある」ように見せる演出を仕込むとき。私たちは知らないうちに、初期PayPalがやったことを、繰り返しているのだ。

影の話と、レヴチンのその後

ここまで、少し批判っぽく聞こえてしまったかもしれないが、そのつもりはない。彼らからすれば、現金のばらまきも需要の演出も、生き延びるために必死で考えた手段だった。それを非難などできない。PayPalによって得られた社会的価値は明らかに大きい。

ただ、当然ながら、割を食った側もいる。偽の需要で導入させられた出品者がいて、無断で相乗りされたサービスがあって、そしてIgorの誤検知で口座を凍結され、自分のお金を最大で半年近く引き出せなくなった人たちがいた。利息も払われないまま保留された資金が、会社の運転資金に回っていた、という批判もある。これは集団訴訟になり、2004年に約925万ドルで和解している。

ここで、最初に「この記事で注目するのはレヴチンだ」と書いたことに戻りたい。彼は現金ばらまきの主役でもなければ、eBayボットの主役でもない。それでも彼を背骨にしたのは、この話のいい部分と悪い部分を、いちばん一人で抱えているのが彼だからだ。会社を救ったIgorを作ったのはレヴチンで、そのIgorが無実の人の口座を凍結したのも、彼の仕組みだった。

そして面白いのは、その先だ。後年、レヴチンはAffirmという後払い決済サービス(BNPL)を立ち上げる。そこで彼が製品の核に据えたのは、「遅延手数料はゼロ、複利もとらない、買った時点で支払総額が確定する」という、とことん明朗な与信だった。延滞では稼がない、と言い切っている。人の口座を一方的に凍結する仕組みを作った人が、今度は隠しごとのない金融サービスを作ったわけだ。彼が改心したのかどうかも知らないし、改心していたとしても、それを美談にするつもりはない。後払いという業態そのものに「若い世代を借金漬けにする」という批判もある*7。それでも、グレーな領域を自分の手でくぐった人だからこそ、倫理を製品に組み込むことの重みを、人より知っているのかもしれないと思う。

で、結局なにが言いたいのかというと、「だから倫理が大事です」という単純な話ではない。もっと身も蓋もなくて、成長のための手法と、その倫理的な代償は、だいたいセットでついてくる、というだけのことだ。自分が今やっている施策にも、たぶん影の側はある。それを見ないふりをするか、理解した上でやるか。せめて、自分が何をやっているのかくらいは、わかっていたいと思う。

というようなことを、まるごと一冊かけて考えたのが、拙著「プロダクト倫理」だ。またまたまたまた宣伝で申し訳ない。

この記事で駆け足に紹介した話は、本のなかではもっと丁寧に、ほかの事例も交えて扱っている。この記事が面白いと思ったのならぜひ読んでほしい。倫理というと固そうだが、教科書的な説明は一切行っていない。読み物として読み進められるようにした。

最後に一つだけ。ここで名前を挙げた初期PayPalの人たちの何人かは、いま国家や社会を動かすくらいの場所にいる。ただ、動かせる力が大きくなるほど、(プロダクトに)倫理をどう埋め込むかという問いも、そのぶん重くなる。それくらいは、頭の隅に置いておいて欲しいと願う。


おまけ:PayPalマフィア人物名鑑

本文では人を広げないと書いたのに、調べているうちに自分用の一覧を作りたくなってしまった。せっかくなので置いておく。肩書きや活動は調べた時点のもので、ざっくりした備忘録くらいに思ってほしい。

氏名 PayPal での役割 PayPal 後の代表的な活動
ピーター・ティール 共同創業者・CEO(グループの「ドン」) Palantir 共同創業、Founders Fund、Facebook 初の外部投資家
イーロン・マスク 前身 X.com 創業者・買収時の筆頭株主 SpaceX、Tesla、Neuralink、xAI など
マックス・レヴチン 共同創業者・CTO(不正対策・技術の要) Slide(Google が買収)、Affirm 創業・CEO
デビッド・サックス COO(メール送金へのピボットを推進) Yammer 創業(Microsoft が買収)、Craft Ventures
リード・ホフマン 取締役・後に COO LinkedIn 共同創業、Greylock パートナー
キース・ラボア 事業開発・公共政策担当 EVP Square・Opendoor などの幹部、Founders Fund/Khosla
ケン・ハウリー 共同創業者・CFO Founders Fund 共同創業、元・駐スウェーデン/駐デンマーク大使
ルーロフ・ボサ 企業開発ディレクター・後に CFO Sequoia Capital グローバル・マネージングパートナー
ルーク・ノセック 共同創業者・マーケ/戦略 VP(リファラル考案) Founders Fund 共同創業、Gigafund
チャド・ハーリー ウェブデザイナー(HTML 支払いボタン等の設計) YouTube 共同創業・元 CEO
スティーブ・チェン ソフトウェアエンジニア YouTube 共同創業
ジョード・カリム ソフトウェアエンジニア YouTube 共同創業
ジェレミー・ストップルマン 技術担当 VP Yelp 共同創業・CEO
ラッセル・シモンズ シニアエンジニア Yelp 共同創業
ユ・パン 共同創業者・エンジニア(eBay 連携ツール) YouTube 初期メンバー
デイブ・マクルーア マーケティング・ディレクター 500 Global(旧 500 Startups)共同創業、エンジェル投資家
エリック・ジャクソン マーケティング担当 『The PayPal Wars』著者、CapLinked 共同創業

注:「PayPalマフィア」の範囲に厳密な定義はなく、2007年の『Fortune』のカバー写真に写った中核メンバーに、初期メンバーや周辺人物まで含めて二十数名とされる。上の表は知名度と記事との関連で抜粋したもの。

もっと読みたい人のために

takoratta.hatenablog.com

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*1:もちろん、Twitterの成れの果ての今のXとは別だ。

*2:リファラルの基準額。1999年末に一時20ドルまで上がった局面があるが、これはライバルのX.com(マスク)との消耗戦で吊り上がったもので、その後10ドル、5ドルと下げられ、最終的に一般向けは廃止された。紹介コストの総額は約6,000万ドルとも伝えられるが、財務開示で確認できる数字ではない。

*3:eBayでの決済シェアが稼働3か月ほどで33%に達したという記述もあるが、額面通りには受け取らないほうがいいかもしれない。

*4:損失率が一時、一般加盟店の十数倍に達したという記述もある。月1,000万ドルという数字もあくまでも「と言われている」レベルと受け取って欲しい。

*5:PayPalの実装は2001年。CAPTCHAの概念自体は1999年ごろにカーネギーメロン大学などで提案されており、「世界初の商用CAPTCHA」と断定はできない(ほかに先行例も指摘されている)。

*6:Redditの自作自演は、創業者のスティーブ・ハフマンとアレクシス・オハニアンによるものとされ、本人たちの複数の証言がある。ごく初期に限った話で、その後は実際の利用者で回るようになった。

*7:後払い利用者の約半数が、過剰利用・延滞・後悔のいずれかを経験しているという調査もある(米Bankrateの2024年調査では49%)。設計が透明であっても、後払いという仕組みが消費者の負債を増やしうる、という指摘は根強い。