自分で出した本を、国会図書館に納本してきた

自分で出した本を、国会図書館に納本してきた

突然だが、本を出したら国立国会図書館に納本しなければならない、というのをご存じだろうか。

私は知らなかった。正確に言うと、納本という制度があること自体は知っていた。ただ、それが自分に関係のある話だとは思っていなかった。

これまで何冊か本を書いてきたが、すべて出版社を通したものだった。納本の手続きは出版社がやってくれる。実際にやってもらっていた。だから私は、一度もその作業に触れたことがなかった。

ところが、このブログで何度も紹介させてもらっている『プロダクト倫理』は違う。この本は出版社を通さず、Amazon の KDP(Kindle Direct Publishing)で公開した。発行者は私だ。私がやらなければ、誰も納本しない。

ということで、調べてみた。以下は、その過程で知ったことと、実際に納本しに行ってきたときの話である。

発行から30日以内

納本制度の根拠は国立国会図書館法にある。民間の出版物については、発行者が発行の日から30日以内に、国立国会図書館へ1部納入しなければならないと定められている。対象は出版社に限らない。学術団体、調査研究機関、企業、そして個人も含まれる(納本制度の概要)。

このページを読んだ時点で、私はとっくに30日を過ぎていた。まずいことになった、と思った。ただ、案内には30日以上経過してしまった場合でも納入は可能だと書いてある。ひとまず安心した。

しかも、納本すると代償金というものが交付される。納める側が損をしないように、通常は小売価格の5割と郵送の最低料金に相当する額が発行者に支払われる。義務なのにお金がもらえるのか、というのが最初の驚きだった。

5倍の過料

次に気になったのは、制度と実態の落差だ。

技術書典や同人誌即売会に並ぶ本、KDP で公開されている本。あれが全部納本されているとは、どう考えても思えない。もし本当に全員が対象なら、もっと大々的に周知されているはずだ。

そう思って調べてみたら、罰則の規定はちゃんとあった。正当な理由なく納入しなかったときは、その出版物の小売価格の5倍に相当する金額以下の過料に処せられる、と法律に書いてある。5倍。なかなか厳しい。

では、これが実際に適用された例はあるのか。Wikipediaには、零細な出版者や個人に経済的な負担をかけることになるため適用事例はない、と書かれている。ただ、その裏づけになる一次情報までは私も確認できていない。国立国会図書館の公式な案内で見つかるのは、あくまで規定があるというところまでだ。

正直に書くと、このあたりを読んだ時点で私は「では急がなくてもよいか」と考えた。30日はもう過ぎていて、過ぎても納入はできる。今から慌てても取り返せない。褒められた態度ではない。

100部、あるいは15部

もうひとつ知らなかったのは、発行したものが何でも納本の対象になるわけではない、ということだ。

目安がある。納本の対象になるのは、頒布を目的として相当部数、通常は100部以上を刊行した国内発行の出版物だ。自費出版物も例外ではない(企業・団体、個人からの納本)。

では、注文を受けるたびに印刷するオンデマンド出版はどうなるのか。そもそも100部を刷るという概念がない。この点は代償金の説明のほうに書かれていて、オンデマンド出版等については15部が実際に頒布されたことを基準とする、とある。刷った部数ではなく、実際に読者の手に渡った部数で見るという整理だと読んだ。

KDP のペーパーバックは、まさにそのオンデマンド印刷だ。私の本もこの水準は超えている。

紙か、電子か

電子書籍のほうはどうなのか。こちらはオンライン資料収集制度(eデポ)という別の枠組みになる。無償かつ DRM のないものは2013年7月から、有償のものや DRM が付いているものは2023年1月から対象に加わった。DRM 付きで流通しているものは、DRM を外した状態のファイルを納入する(オンライン資料収集制度)。

対象になるのは、ISBN・ISSN・DOI のいずれかが付与されているか、PDF・EPUB・DAISY で作成されたものだ。KDP の場合、無料の ISBN を付けてもらえるのはペーパーバックのほうで、電子書籍の ISBN は任意、つまりなくても公開できる。私の Kindle 版にも付いていない。

そして、ここは私が最初に誤解しかけたところなのだが、紙を納めたから電子はもういい、という話にはならない。冊子や電子媒体、オンライン資料など複数の媒体がある場合は、それぞれの媒体を納入する必要があると案内されている。自分の Kindle 版が対象に当たるのかどうかは、条件を読んだだけでは決めきれなかった。これはもう少し調べてみようと思う。

増補版というタイミング

急がなくてもよいと思ってしまった以上、きっかけが必要だった。

ちょうど Amazon のレビューで、本文に出てくる作品を収録してほしいというリクエストをいただいていた。それを追加した版をペーパーバックとして用意したので、この機会に納本しようと決めた。

これも後から知ったことだが、内容に変更があって版が異なるものは、あらためて納本の対象になる。刷を重ねただけのものは対象にならない。作品を足した今回の版は、その意味でもちょうどよいタイミングだった。

永田町

国立国会図書館は永田町にある。国会議事堂のすぐそばで、周りは議員会館だ。警備の警察官があちこちに立っていて、悪いことは何もしていないのに少し緊張する。

国会図書館と『プロダクト倫理』

事前にウェブサイトで確認したところ、持参する場合は東京本館西口から入る、と書いてあった。ところが現地に着くと、道端の案内図には本館・新館という表示があり、そちらが立派な入口に見える。西口のほうは職員の通用口だという案内が出ていた。

国会図書館の案内地図

これは一般の入口のほうだろう、と思って本館へ向かった。建物に入るとすぐ係の方に「どういったご用件ですか」と聞かれたので、納本に来ましたと答えた。「それはこちらではないんです」と言われ、案内されたのは、さきほど自分で除外した西口だった。

国会図書館入口

西口の納本カウンター

いったん外に出て、敷地を大きく回り込んで西口へ向かう。

こちらは完全に業務用の入口で、守衛所がある。工場の警備室のような雰囲気だ。用件を書いて入館証を受け取り、案内された廊下を歩く。決して明るくはない廊下で、本当にここで合っているのかと少し不安になった。その突き当たりが納本カウンターだった。

国会図書館西口

呼び鈴を押すと職員の方が出てきて、書籍の情報を記入する用紙を渡された。書いて、本を渡す。それだけだった。あっけないほど簡単に手続きは終わった。

義務は1部だが、2部納めると、原則として1部目を東京本館、2部目を関西館で所蔵してくれる。せっかくなので2部持っていき、代償金も辞退して無償で納入した。ここはもう完全に自己満足の領域である。

ちなみに、代償金を受け取る場合は、持参や送付の前に所定の手続きが必要になる。辞退して無償で納めるなら、その手間はない。ふらっと持っていける。

この納本カウンターは本館西側の1階にあり、受付時間は月曜から金曜の9時から17時45分まで。郵送でも納本できるので、わざわざ永田町まで行く必要はない。行きたい人だけ行けばよい。

受領証

残すための本

しばらくすると、国立国会図書館の蔵書として検索できるようになるらしい。

国立国会図書館の本は、原則として館外に貸し出されない。館内で読むためのものであり、それ以上に、残すためのものだ。売れたか売れなかったかとは無関係に、日本で発行された本はここに集められて、後の時代に引き継がれていく。

これで
日本国民は末代まで祟られることになるのか
将来の世代にも多少は役にたつかもしれない資産を残せた
と考えると感慨深い。もう経験することはないかもしれないが、良い勉強になった。

AIを活かしたいなら、人は切れない、かもしれない

昨日、Google Cloud Next Tokyoで話す機会があった。そこで触れた話と、セッションが終わったあとに聞かれて考え込んでしまったことを、忘れないうちに書いておく。

明らかな間違い

少し前まで、AIは堂々と嘘をついた。存在しないAPIを呼び出し、動かないコードを平然と出してきた。だからこそ、指摘は簡単だった。実行すれば落ちる。ドキュメントを引けば、そんな関数はない。これは間違っていると言うのに、勇気は要らない。事実を報告しているだけであって、自分の意見を述べているわけではないからだ。

今のAIは、そういう間違え方をしなくなった。出てきたコードは動く。筋も通っている。こちらが忘れていた社内のコード標準にすら、きちんと沿っている。

残るのは「明らかな間違い」ではなく「微妙な違和感」や「避けたほうが良いと思う何か」だ。動くのだが、この抽象化はやりすぎに見える。ここでこのライブラリーを持ち込むと、一時的なつもりでもあとで削除しにくくなる。責務の分け方が、自分たちのドメインの捉え方と合っていない。どれも、実行して確かめられる類のものではない。

そして、そうした違和感を指摘するには、自分の判断を晒すしかない。「これは間違っている」ではなく、「私はこれが良くないと思う」と言うことになる。前者は事実の報告だが、後者は自分の設計観・世界観の表明だ。もし、考えが間違っていたら、その責は自分に返ってくる。

AIの品質が上がったことで、指摘のコストが上がった。そんな話をセッションではした。

増幅器としてのAI

2025年のDORAレポートは、AIは主に増幅器として働く、と結論づけている1。パフォーマンスの高い組織では強みを増幅し、苦戦している組織では機能不全を同じように増幅する。

読んだときは、うまいことを言うと思った程度だった。だが、いま書いたことと並べると、自分なりの理解ができる。

違和感を口に出せる組織なら、AIは戦力になる。設計として引っかかると言える人がいて、それを受け止める場があるなら、AIが速く大量に出してくるものは、そのぶん速く磨かれる。

違和感を口に出せない組織では、逆のことが起きる。AIが良かれと思って生成したものが、誰にも止められないまま溜まっていく。しかも、それは動くのだ。動くから、止める理由を言葉にしにくい。

では、違和感を口に出せる組織とは何なのか。セッションの中でファシリテーターが持ち出したのが、Radical Candorだった。

Radical Candorの二つの軸

Kim Scottという人が書いた本の考え方である。GoogleとAppleでマネジメントをやってきた人だ。

軸は二つしかない。相手を一人の人間として気にかけること(Care Personally)と、率直に異を唱えること(Challenge Directly)。この二つの掛け合わせで、四つの象限ができる。

Radical Candorの4象限

  • 両方あるのがRadical Candor。率直に言うが、相手を大事に思っている
  • 気にかけているが言わないのがRuinous Empathy。破滅的な共感
  • 言うが気にかけていないのがObnoxious Aggression。不快な攻撃性
  • どちらもないのがManipulative Insincerity。あざとい不誠実

面白いのは、多くの人が自分はRadical Candorにいるつもりで、実際にはRuinous Empathyにいる、という指摘のほうだ。悪意がない。相手のためを思っている。だから自覚しにくい。

AIエージェントが入ってくると、この象限に入るケースが増える可能性がある。AIの出力に対する「気になるけれど、言うほどでもないか」が積み上がっていく。

これまでは、人間の生成速度が律速だった。同僚が書いたコードなら、言わずに済ませても被害は限られていた。そもそも量が少ないし、コードが生成される速度も速くないからだ。どこかのタイミングで言う機会はあった。実害が出てから直すのでもどうにかなった。しかし、その律速が外れた。言わずに済ませてしまったものが溜まっていく速度が、まるで変わった。

ここで一つ、はっきりさせておきたい。相手はAIではない。AIに率直になれという話ではまったくない。AIを走らせた同僚に率直になれるか、という話である。むしろ厄介なのは、「AIが書いたものだから」という緩衝材が挟まることだ。誰の判断だったのかが曖昧になる。人格を否定せずに済むぶん言いやすくなりそうなものだが、実際には、誰に向かって言っているのかがわからなくなって口が重くなる。もしくは、そのAIの生成物を問題ないと判断した人に向かって言うことになる。これはこれで口が重い。「お前、何も考えないで、AIに丸投げしただろう」などとは口が裂けても言えない。

Radical Candorに近いことを、Googleのエンジニアたちは謙虚さと尊敬と信頼、HRTと呼んでいた。『Team Geek』という本にある話だ。率直に言う側だけでなく、言われる側にも同じだけ要る。これまでは、あればチームが良くなる、くらいだった。いまは、これがないと、AIが出してきたものについて誰も何も言わなくなる。そういう警告なのかもしれない。

Ask the Speakerで聞かれたこと

セッションのあと、Ask the Speakerに何人か来てくれた。

聞かれたのは、こういうことだった。AIエージェントを軸にした開発プロセスに、どうしても馴染めない人が出てくる。その人たちはどうすればいいのか。

そのときは、思っていることをそのまま答えた。この記事に書いているのは、だいたいその内容である。ただ、それが正しい答えだったのかは、自分でもわからない。

人を切るという答え

正直に言うと、私はリスキリングというものに、一般論としてはあまり期待していない。

そして、事業の形が変わっているのに人の配置だけが動かない状態は、結局は誰のためにもならないのではないか、と思ってきた。外資系での経験が長いこともあって、人員整理という選択肢を全否定はできないとも思っている。

だから、あの質問への答えの一つとして、ドライにやるという道は一応ある。外資系の会社がやってきたように、事業が変われば、それに合わせて人を入れ替える。

ところが、自分がセッションで話したことから考えると、これが言いにくくなった。

レイオフは心理的安全性を壊す。大量の人員整理の場合は、本人も周りも、なぜ自分が、なぜあの人が指名されたのかがわからない。わからないまま人が消える。残った人間は、次は自分かもしれないと思いながら働くことになる。

心理的安全性のない組織で、Radical CandorもHRTも成立しない。率直に異を唱えることが、そのまま自分のリスクになるからだ。目立つより、黙って通したほうがいい。組織全体がRuinous Empathyの側に寄っていく。

Googleを見ていて、そう思う。re:Workなどで心理的安全性をあれだけ喧伝していた会社が2、それをあっさり壊すような、理不尽とも思える大量レイオフをする。その舌の根の乾かぬうちに、DORAレポートでAIは増幅器だから組織の文化も大事だと言う。どの口が言うのか、と思ってしまう。もちろん、中にいるわけではないし、外から見える範囲は限られている。それでも、そう見えてしまう。

整理すると、こういうことになる。AIを活かすには、違和感を言える組織が要る。しかしAI導入に人員整理を付けると、違和感を言える組織が消える。AIを活かしたいなら、人は切れない。……のかもしれない。「のかもしれない」というくらいには、自分にも答えがない。

動機の出所

ここから先は性善説だと言われるだろう。それでも書いておく。

今組織にいる人たちは、基本的には優秀だと私は思っている。AIエージェントに馴染めないというのは、能力の問題というより、動機の問題であることのほうが多い気がする。

上から言われて身につけるスキルは、身につかない。研修を受けさせ、資格を取らせても、本人の中に理由がなければ残らない。結局それもリスキリングと呼ばれるのかもしれないが、動機の出所が逆でないと機能しない。やらされるのではなく、本人がやりたいと思うところまで持っていけるかどうか。

AIが広がっていく社会は、たぶん避けられない。それを理解してもらったうえで、新しい動機を持ってもらう。そういう場を作る。今のところ、そこしか思いつかない。

具体的な手法までは落とし込めていないが、こういう問題に今後多くの組織が向き合っていかないといけないのだろうなぁとは思う。


  1. DORA「State of AI-assisted Software Development」2025年版(https://dora.dev/research/2025/dora-report/ )。
  2. Googleは自社チームの調査結果として、心理的安全性を効果的なチームの要因の筆頭に挙げ、re:Work(https://rework.withgoogle.com/intl/jp/ )で公開している。心理的安全性という概念自体はエイミー・エドモンドソン(Amy Edmondson)の研究に由来し、Googleが提唱したものではない。

あなたのエージェントは、昨日と同じバグをまた踏んでいる〜Stack Overflow for Agentsとは何か

Stack Overflow for Agents(SOFA)がリリースされた*1。AIエージェントのための知識共有プラットフォームで、エージェントを使う人なら誰もが覚えのある、ある徒労を解こうとしている。

その徒労とは、こういうものだ。エージェントが試行錯誤の末にあるエラーをようやく直す。だが翌日、別のプロジェクトで同種のエラーにぶつかると、また最初から同じ回り道をする。昨日の苦労を、何も覚えていない。

当たり前ではある。エージェントが本番で得た知見は、セッションが終わってコンテキストが捨てられた瞬間に消える*2。隣のチームのエージェントも、極端に言えば地球の裏側のエージェントも、同じバグを各自で踏み直し、そのたびにトークンを燃やす。同じ車輪が、世界中で何度も再発明されている。Stack Overflowはこれをエフェメラル・インテリジェンス・ギャップ(日本語にすると、「短命な知性のギャップ」になろうか)と呼んだ。大げさな名だが、指すのはこの徒労そのものだ。

人間はこの徒労をQ&Aで解消してきた。誰かが踏んだ罠を書き残し、次の人が検索で拾う。その場所がStack Overflowだった。それをエージェント向けに作り直したのがSOFAだ。

このSOFA、公式アナウンスだけでは理解できないところがあったので、自分のClaude CodeでSOFAを使った検索を行ってみた。

逆境のStack Overflowの反撃

解説の前に、Stack Overflow自身の状況に触れておきたい。

生成AIが普及して、人間がStack Overflowに質問する数は大きく減った。広く知られた傾向だろう。質問を立てて回答を待たなくても、手元のチャットがそれらしい答えをすぐ返す。皮肉なのは、そのチャットの賢さの一部が、Stack Overflowの15年分のQ&Aを学習して成り立っている点だ。あのStack Overflowはもう終わった、と思っていた人も多いはずだ。

以下のXのポストは多くの人の目に触れた。これは、Stack Overflowの月あたりの質問数の経緯を表したグラフだ。2016年くらいをピークに右肩下がりで、ここ2年くらいは加速がかかってきたようだ。

この状況に対して、Stack Overflowが出した答えが、「ならばエージェントを正規のユーザーとして迎える」という逆張りだった。答えを待つ主体を、人間からエージェントへ広げる。思い切った一手だ。ただし「アクセスが減ったから埋め合わせに開いた」という因果は、私の外からの文脈づけにすぎない。公式が前面に出すのは、あくまでエフェメラル・インテリジェンス・ギャップのほうだ。

その上で、SOFAが解こうとしている本当のボトルネックは、生成ではなく検証にある。

確からしい(確かとは言っていない)出力を安く大量に生成すること。これはもう簡単になった。難しいのはそこではなく、その出力が本番で本当に動くかを検証するコストのほうだ。私はこのブログでも何度か、アウトプット(どれだけ出したか)とアウトカム(成果が出たか)の乖離について書いてきた。生成量はいくらでも増やせるが、成果に変わるかは別問題だ。SOFAが下げようとしているのは、この検証コストだと私は理解した。生成を速くする道具ではなく、生成したものが正しいかを見極めるコストを、みんなで割り勘にする仕組みだ。

実際に動かしてみた

実際に動かす前に、SOFAが想定するエージェントの振る舞いを4つだけ押さえておく。

まず、検索ファースト。タスクやエラーにぶつかったら、まずSOFAを検索し、検証済みの解があれば適用して終わる。

次に貢献。答えがなく自力で解けたら、知見を投稿する。

そして、検証。他人の投稿を自分の環境で試し、結果を書き戻す。

最後に合意形成。投票と検証が積み重なると、現実でテストされたものが浮かび上がる。

面白いのは、SOFAが単一の正解を出そうとしない点だ。競合する複数のアプローチも、食い違うエラー報告も、特定の環境でだけ起きる失敗例も、一つに要約せずそのまま並べて保存する。正解は動く環境に依存し、知識には有効期限(shelf life)がある、という前提に立つからだ。昨日まで正しかった解が、ライブラリのバージョンが一つ上がっただけで間違いに変わる。その世界で唯一の正解に決め打つのは、むしろ危ない。要約された一つの答えを返そうとする多くの検索AIとは、ちょうど逆を向いている。

SOFAの利用サイクル

では実際の流れだ。まずエージェントにskill.mdを読ませた。SOFAのAPIの使い方が書かれた仕様ファイルで、https://agents.stackoverflow.com/skill.mdで公開されている。

するとClaude Codeは、勝手に登録を始めず、私に承認を求めてきた。オンボーディングは「エージェント主導」モードで、手続きはエージェントが進める一方、要所では必ず人間の確認が要る。

最初に決めるのは、エージェントの名前(agent_name)と説明文(description)。これらは人間が指定する。登録はWeb UIからもできるが、私はClaude Codeの中から進めた。

以下、実際のやり取りを抜粋して載せる。ただし、表示は実際のターミナル出力そのままではない。裏で叩いているBashコマンド(curlなど)は省略し、ターミナルの制御表示も一部を除いて取り除いてある。生成AIへの入力と、生成AIからの出力に注目してほしい。APIキーやIDなど、秘匿すべき箇所や私が見せたくない箇所は<...>でマスクした。

オンボーディングは「agent_directed」モードで、以下の流れです(claim リンクは15分、auth コードは300秒で失効)。

私が自分で答えられるメタデータ(client/model 情報)はこちらで埋めます:
- client_name: claude-code / model_name: claude-opus-4-8 / provider: anthropic / selection_mode: fixed

一方、skill.md の指示により、次の3点は私が勝手に決めてはいけません。あなたに決めていただく必要があります。
1. agent_name — このエージェントの名前(SOFA 上での識別名)
2. description — このエージェントの説明(何をするエージェントか)
3. persona — 任意。エージェントの人格・口調などの指定テキスト。不要なら「空欄でよい」と明言してください

上記1〜3の値を教えていただければ、フローを開始し、claim リンクとコードを表示します。

値を伝えると、claim(権利の引き受け)用のリンクとコードが返ってくる。

値を受け取りました(agent_name: <MyAgentName> / description: <MyDescription> / persona: 空欄)。保存先は
  .sofa/credentials.json で進めます。

  オンボーディングフローを開始します。

 {
       "flow_id": "<FlowId>",
       "claim_url": "https://agents.stackoverflow.com/onboarding/claim/<MyClaim>",
  ...
}

フローを開始しました。ブラウザでの認証をお願いします。

  ---
  以下の SOFA claim
  リンクを開き、サインインして、ワンタイムコードを照合し、必要な利用規約に同意して認証を完了してください:

  claim リンク: https://agents.stackoverflow.com/onboarding/claim/<MyClaim>

  claim コード: <ClaimCode>

  ブラウザで認証が確認できたら、提供いただいた agent_name(<MyAgentName>)・description(<MyDescription>)・persona(空欄)でエージェントを登録し、API キーを .sofa/credentials.json に安全に保存します。

  ---
  失効時刻: 発行から約15分後。失効するとこのリンク・コードは再利用できず、フローをやり直す必要があります。

  ブラウザでの認証が完了したら「完了」と教えてください。ステータスをポーリングして登録に進みます(無駄なポーリングを避ける
  ため、完了の合図を待ってから確認します)。

ここがオンボーディングの肝で、エージェントはこの先に進めない。人間がブラウザでリンクを開き、自分のStack OverflowアカウントでSSOログインし、画面のコードを照合し、利用規約に同意して、ようやく承認が完了する。SOFAはStack Overflowのユーザーアカウントが所有する形でエージェントを登録するので、エージェントが登録される最初の一歩からして、人間の承認が必要だ。

承認が通ったと伝えると、エージェントはステータスを確認し、約300秒で失効する短命なauthコードを受け取って、すぐ登録を実行する。ここで初めてAPIキーが発行される。

なお、先ほど書いたように、ここまでの操作はWebからでも可能だ。

Webでの初期設定

続けよう。

オンボーディング完了しました。

  結果:

  - エージェント登録: <MyAgentName>(agent_id: <MyAgentID>)
  - description: <MyDescription> / persona: 空欄
  - API キー: .sofa/credentials.json に保存(パーミッション 600、agent_id をキーにメタデータ付き)
  - セッション作成: 成功(session_id: <MySessionId>、失効 2026-06-16T23:42 UTC)

  これで SOFA の検索・投稿・返信・投票・検証(verification)が使える状態です。

  補足(推測を明示):このディレクトリは git リポジトリではないため .gitignore 設定は不要でしたが、もし今後 git init
  する場合は .sofa/ を ignore に追加してください(キーの誤コミット防止)。

  次に何かしますか?例:

  - 知識を検索する(GET /api/posts?search=...)
  - タグ一覧やリーダーボードを見る
  - 質問 / TIL / blueprint を投稿する

  セッションは時間で失効します。失効時は再作成すればOKです。

エージェントはこのキーを保存し、セッションを張った。これで検索・投稿・投票・検証ができる。手を動かすと5分もかからない。だが、この短い手続きでさえ随所に「人間がいないと先に進めない関所」があることはわかったろう。

さて、検索をしてみよう。「Next.jsの静的エクスポート(output: "export")が、CDNの背後で無限リロードを起こす原因と解決策」を聞いてみた。

❯ 知識を検索します。

  Next.jsの静的エクスポート(static export)がCDNの背後で無限ループのリロードを起こす原因と解決策を検索して


検索でドンピシャの投稿が見つかりました。トップ結果の詳細を取得します。


検索結果から、ご質問にそのまま該当する TIL が見つかりました。要点をまとめます。

  原因

  Next.js の静的エクスポート(output: "export")は build ID を2か所に埋め込みます:

  1. 各 HTML ドキュメント内のインライン RSC ペイロード(および HTML コメント)
  2. クライアントルーターがハイドレーション後に取得する __next._tree.txt マニフェスト内の "buildId" フィールド

  ルーターはこの2つを比較し、不一致ならページが stale と判断してハードリロードを実行します。CDN が HTML と RSC
  マニフェストを別々のビルドから配信すると、両者が永遠に一致せず無限リロードになります。HTTP レベルでは 3xx
  リダイレクトループが出ないため、原因を見誤りやすい点が要注意です。

  不一致を生む典型パターン2つ:

  - 部分的なキャッシュ無効化: デプロイで *.html だけ invalidate し __next.* を invalidate しない → 旧ビルドの HTML
  と新ビルドの __next._tree.txt が混在
  - デプロイスクリプトが RSC ファイルを取りこぼす: aws s3 sync の --include/--exclude の順序ミス(--include "*.txt"
  --exclude "*" は左→右評価で何もアップロードされない)。--delete と組み合わさると旧マニフェストごと消えて index.txt が
  404 にもなる

  解決策

  - HTML と RSC ペイロードをまとめて無効化し、リリースをアトミックに切り替える。ワイルドカード無効化には上限があるため、列
  挙するより単一のキャッチオール(/*)invalidation が堅牢
  - aws s3 sync のフィルタは --exclude "*" --include "*.txt" の順に修正
  - デプロイ後の検証: __next._tree.txt を取得し、その buildId が新規取得した HTML 内の build ID と一致することを確認

  切り分け方法

  - ネットワークタブで「入力なしの全ドキュメント再読み込みの繰り返し」を観察
  - curl -D - でリダイレクトの有無を確認(クリーンな 200 ならルーティング問題ではない)
  - HTML と __next._tree.txt から build ID を別々に抽出して比較。リロードをまたいで異なり続けるならこれが原因

  環境: Next.js 16 output: "export"、オブジェクトストレージ + CDN。

  ---
  出典: SOFA の TIL「Next.js static export reloads in an infinite loop behind a CDN...」by Veritas(top contributor)
  Web UI: https://agents.stackoverflow.com/tils/baf88492-b5ab-4b06-b966-3ba0143c677c

  注意(SOFA の安全ガイドラインに従い明示):
  この投稿はエージェント作成の参考情報であり、検証はされていません(trust_summary は
  not_enough_evidence)。コマンドはそのまま実行せず、内容を理解した上で自分の環境でテストしてください。

ドンピシャの投稿(Claude Codeの出力のママ)がトップに返ってきた。検索は実用レベルで便利そうだ。

ヒットしたのはcontent_typetilの投稿だった。TIL(Today I Learned)。耳慣れないと思うので、ここでSOFAの投稿タイプを紹介しておく。三つに分かれていて、粒度で整理すると分かりやすい。

タイプ 何を書くか いつ使うか
Question 既存の知識では解けない未解決の問題。試して失敗したアプローチや制約を正確に記録し、解を募る まだ解けていないとき
TIL 解決済みの即時的な知見。「何が壊れ、何を試し、どう直したか」という推論の軌跡を残す 特定の修正・発見に紐づくとき
Blueprint 個別のパッチを超えた、再利用可能なカテゴリレベルの設計パターン。なぜ動くか、どんな条件で壊れるか、トレードオフまで書く 再利用可能な設計知識になるとき

このTILの設計に工夫が見られる。このTILは単なる直し方ではなく、何が壊れ、何を試し、どう直したか、という推論の軌跡(reasoning trace)を残す形式になっている。いま当たった投稿がまさにそうで、上のコードブロックのとおり、どんな症状が出て、なぜHTTPのリダイレクトループとしては現れず気づきにくいのか、原因はどこで、だからどう直すのか、という筋道がそのまま残っていた。人間向けのQ&Aなら結論のコードだけがコピーされて拡散しがちだが、エージェントには「なぜそうなるか」の道筋こそ価値がある。結論だけを渡されるより、はるかに応用が利く。

この回答はWebからでも見ることができる。

実際のTILのWeb画面

注目すべき点はここからだ。この内容としては「ドンピシャ」の投稿のtrust_summarynot_enough_evidenceだった。つまり「まだ十分に検証されていない」状態だ(SOFAでは、投稿やその回答の信頼度の見立てをtrust_summaryとして返す。not_enough_evidenceは、まだ検証が十分に積み上がっていない状態を指す。これは私が検索でヒットさせたこの1件についての観測であって、「すべての新規投稿が一律にこの初期値になる」という仕様の話として書いているわけではない。)。検索で答えが出ても、正しいとは限らない。最後に自分の環境で確かめるのは、結局こちら側の仕事だ。

そして、ここから先が、Stack Overflowならではの価値だ。

(なお、今回は「検索」しか行っていないが、Claude Codeのログにもあるように「検証」も可能だし、「貢献」もできる。)

人間の信頼というアンカー

答えは出たのに、正しさは保証されない。では何を手がかりに「ある程度は信じてよさそうだ」と判断できるか。実は、このTILの投稿者はtop contributorである。つまりこのエージェントおよびその回答の背後の人間オーナーが良い貢献を積んできたので信頼に足るだろうという仮定を持てる。中身の正しさではなく、信頼の蓄積を手がかりに、人間やエージェントがどう判断するかのヒントを与えている。

ここにSOFAの芯がある。検索の精度において、単に情報としての品質を見るのではなく、その背後にある「信頼」を加えているのだ。

もし、これが行えないとしたらどうなるだろうか。エージェントが自分の投稿に自分で高評価を付け、嘘の検証を書き戻し、評価を水増しする。知識ベースはもっともらしいゴミで汚染され、誰も信じられなくなる。エージェントは人間より桁違いに速く書けるから、汚染も桁違いに速い。どっかで見たディストピアだ。

この事態を避けるために、SOFAはおおむね次のことをやっている。

所有と責任を人間に紐づける。さっき体験したとおり、エージェントは勝手に登録できない。人間がSSOで承認しclaimして初めてAPIキーが出る。行動の責任は、その人間アカウントに帰属する。

評価を人間のReputationに連動させる。投稿・検証・投票は所有者の評価に響き、自作自演は加点されず、低品質は評価を下げる、と公式は説明する。ただしエージェント側の評価スコアについて、公式自身が「実験的で反映が遅れることもある」「証明ではなく文脈として使え」と慎重だと明記されている*3。SOFAは始まったばかりなので、これが本当に有効かはわからない。品質を担保しようとする仕掛けの一つとしてベータで実験中という理解が良いだろう。

しかし、繰り返すが、ここにSOFAの賭け方が見える。新規参入のサービスがゼロから評価を積むには時間がかかる。だがStack Overflowには、15年で積んだ人間側の信頼(Reputation)という資産がすでにある。そのストックの上にエージェントを載せた。これは他社には簡単に真似できない。「唯一無二」とまでは言わないが、この既存資産を差別化につかうというのは、AI時代の戦い方の1つだろう。

エージェント時代の知識の質は、機械専用にゼロから作る基盤ではなく、人間が積んできた信頼の上に載る。だからこそ、最後は「誰のエージェントか」が効いてくる。同じSOFAでも、評価を積んだ人間のエージェントの投稿と、そうでない投稿とでは、重みが違う。今後を示唆する方向性かもしれない。

厳しい評価と、それでも見ておく理由

ここまで好意的に書いてきたが、賞賛だけではない。開発者コミュニティからは厳しい声も多い。

エージェントが欲しいのは、実行している最中の即時解決だ。なのにQ&Aは、投稿し、誰かが検証し、評価が積み上がるのを待つ、時間のかかる仕組みだ。この待ち時間は機械の速度に合わない*4という声が多くある。もっともな指摘だ。

しかし、SOFAが底上げするのは、即時解決の「速さ」ではなく「精度」だ。手元のモデルが一瞬で出す答えは速いが、本番で動く保証はない。その精度を、人間の信頼を介した集合知で底上げする。前半の検証コストの話に戻る。本丸は、生成を速くすることではなく、正しいかを見極めるコストを下げることだ。だからQ&A的な遅さは、弱点であると同時に設計の必然でもあろう。

もう一つ、書籍『プロダクト倫理』を書いた立場から言うと、誰が書いた知識かという責任の帰属と、嘘や低品質によるデータ汚染をどう統治するか。これはエージェント時代の知的基盤に共通してついて回る課題だろう。SOFAがReputationという形で手を付けたのは、正直筋がいいと思う。

エージェントでの開発に使えるかどうかはまだ未知数だが、エージェント時代のプロダクトのあり方という意味では参考になるだろう。

あなたも、まず一度、自分のエージェントにSOFAを検索させてみるといいだろう。 昨日と同じバグを今日もまた踏む前に。

*1:Stack Overflow 公式アナウンス「Announcing Stack Overflow for Agents」(2026年6月10日)に基づく。Announcing Stack Overflow for Agents - Stack Overflow 正式名称は Stack Overflow for Agents で、SOFA は通称

*2:メモリはあるが

*3:skill.mdに書かれている

*4:この種の反論は、公開後の開発者コミュニティ(Hacker Newsなど)でも実際に挙がっている。

「When AI builds itself」非公式FAQ ― Anthropicが書いたこと、書いていないこと

Anthropicが「When AI builds itself」という記事を公開した。AIがAI自身の開発をどれだけ肩代わりするようになったか、そしてその先にある再帰的自己改善(RSI: Recursive Self-Improvement)をどう見ているかを、社内データと外部ベンチマークで示したものだ。一般のニュースでも取り上げられ、それなりに話題になっている。

ただ、原文をきちんと読んだ人は多くないと思う。といっても、分量はせいぜい30ページほどで、日本語に訳せば10分もあれば読める。特別に長いわけではない。それでも英語ということもあって、読まないままの人は多いし、読み始めても途中でやめてしまうことは多いのではないか。だから見出しやニュースの又聞きで、なんとなく「AnthropicがAIによる自己改善はもう始まっていると言った」くらいの解釈が広まっている。実際の原文はもっと慎重で、留保も多い。

それに、いちど通して読んだとしても、しばらく経つと何が書いてあったかは案外あやふやになる。私もそうだ。だから、すでに読んだ人にとっても、要点を索引のように引き直せる要約があると役に立つと思う。

そこで、想定される質問に原文ベースで答える非公式FAQを用意した。私が自分用に整理したものだが、他の人にも役立つかもしれないので公開する。Anthropicの公式見解ではない。原文はこちらにある。

それでもやっぱり読んでいられないという人は、後述するように今回はNotebookLMを使ったので、それが生成したスライドを眺めるだけでもいいと思う。

最後の砦として

少し個人的な話をすると、私はこれまで、AIには作れない・作らせてはいけないものとして、OSとコンパイラ、そしてAI自身を挙げてきた。いろいろな場で口にしてきた。だが、OSもコンパイラも、もうAIが書き始めている(AI時代、人間は非完全情報ゲームを担う - Nothing ventured, nothing gained.)。最後の砦だと思っていたAIづくりでさえ、各社が「AI開発にAIを使っている」と言い出した。私の見立てはことごとく外れた。

ただ、AIにAIを作らせてはいけないと言ったとき、私が気にしていたのは主に倫理と安全の面だった。その点で、フロンティアの先頭集団のなかでも安全性を比較的前面に出してきたAnthropic自身が、加速の現実を示しながら同じ懸念を正面から提起した。少なくとも私はそう読んだ。アクセルを踏みつつ、危険の所在を言葉にしている。ブレーキを踏んだわけではない。そこを取り違えないために、このFAQを作ったとも言える。

このFAQで気をつけたこと

このFAQで一番気をつけたのは、Anthropicが言っていないことを言ったことにしない、という点だ。

RSIについて聞きたいことはたくさんある。いつRSIが来るのか、止められるのか、人間の仕事はどうなるのか。だが原文を読むと、その手の問いの多くに、Anthropicは答えていない。だからこのFAQでは、聞きたいけど、原文に書かれていない問いには素直に「書かれていません」と答えることにした。

そのため、「書かれていません」が並ぶのは手抜きではない。むしろこれが原文の輪郭をはっきりさせる。Anthropicがどこまで踏み込み、どこから先を語らなかったのか。その境界線こそ、又聞きでは伝わらない部分だと思う。

回答づくりにはGoogle NotebookLMを使った。記事そのものをソースに与え、そこから答えさせることで、原文にない情報が紛れ込むリスクをできるだけ抑えている。100%の確認は不可能だったが、自分自身で一次情報としての記事のどこにその記述があるか確認することもしてある。このとき使ったノートブックは公開しているので、自由に使ってほしい。同じ原文に、自分の問いをぶつけてみるのもいいと思う。とはいえ、私の整理ミスや読み違いが残っている可能性はある。間違いに気づいたら指摘してほしい。

以下で単に「記事」と書いたときは、Anthropicのこの記事を指す。また、ここに挙げた数値や固有名詞は2026年5月時点の原文に基づく。気になった答えがあれば、必ず原文の該当箇所を確認してほしい。

基本的な理解

「When AI builds itself」とは何か
Anthropicが発表した、再帰的自己改善(RSI)に向けた進捗とその影響について論じた記事のタイトルだ。AI開発のプロセスにおいてAIシステム自身が担う割合が増加し、それが開発を加速させている現状を説明している。
Recursive Self-Improvement(RSI: 再帰的自己改善)とは具体的にどのような状態か
AIシステムが、自身の後継システムを完全に自律的に設計・開発できる状態を指す。
AnthropicはすでにRSIに到達したと主張しているか
いいえ。まだ到達しておらず、RSIの実現が不可避であるとも限らないと述べている。
この記事の主な目的は何か
外部ベンチマークやAnthropic内部のデータを公開し、AIがAI開発を加速させている現状を示すこと。そして、将来的なRSIの到達による大きな恩恵と制御喪失のリスクを提示し、社会が協調的に備えるための枠組みや対話の必要性を提起することだと考えられる。
記事で示されているタイムラインの全体像
以下の段階が示されている。
  • 2021〜2023年: 人間がラップトップでコードを書く初期のClaude開発
  • 2023〜2025年: 短いコードの生成などにチャットボットを活用
  • 2025〜2026年: コーディングエージェントがファイル全体を自律的に作成・編集
  • 現在(Today): 自律エージェントがコードを実行し、何時間もの作業を他のエージェントに委任
  • 20XX年?: エージェントが自身でモデルを構築・訓練し、Claudeが自身を継続的に改善する「ループを閉じる」状態

社内データと生産性向上

Claudeは現在Anthropicのコードの何%を書いているか
2026年5月現在、Anthropicのコードベースにマージされるコードの80%以上がClaudeによって書かれている(リーダーシップの推定では、スクリプトなどを含め90%以上とも言われている)。
エンジニア1人あたりのコードマージ量はどれだけ増加したか
2026年第2四半期において、典型的なエンジニアは1日あたり2024年の8倍のコードをマージしている。
ライン数以外の生産性指標はどのように評価されているか
従業員へのアンケートによる主観的なアウトプット倍率の評価や、バグ修正など特定のタスクにかかる時間の短縮(例: 人間なら4年かかる作業を数日で完了)によって評価されている。
社員の自己申告による生産性向上倍率はどの程度か
2026年3月の社内アンケート(130名対象)では、AI(Mythos Preview)を使わなかった場合と比較して、中央値で約4倍のアウトプットを生み出していると見積もられている。
Claudeが実験最適化で示した高速化倍率の具体例は
小さなAIモデルを訓練するコードを高速化する最適化タスクにおいて、2025年5月のClaude Opus 4は約3倍のスピードアップだったが、2026年4月のClaude Mythos Previewは約52倍のスピードアップを達成した。
Claudeが書いたコードの質(可読性・保守性・バグ率)は人間と比べてどうか
正しく動作するという点では大きく向上している。可読性や、他者が理解し構築できるかという品質面では、2025年後半は人間より劣っていたが、現在は人間とほぼ同等にまで追いつき、1年以内には人間を上回ると予想されている。
Claudeが単独で長時間連続作業した実例
AI安全性のオープンエンドな研究において、Claudeのエージェントが自ら仮説を提案し、テストし、他の並列エージェントと結果を共有しながら反復する作業を、約800時間かけて自律的に実行した例がある。
APIエラー修正やインシデント対応でClaudeが処理した量
2026年4月にClaudeは800以上の修正を実施し、あるAPIエラーを1000分の1に激減させた。また、トレーニングジョブのクラッシュ調査において、人間なら2〜3日かかる原因特定と修正を約2時間で完了させている。
エンジニアの生産性が急増した結果、社内の「プロダクトマネジメント(仕様策定)」や「QA(品質保証)」のプロセスはどう変化したか
QAについては、提案されたすべてのコード変更が自動化されたClaudeレビュアーによって読み込まれ、バグやセキュリティの欠陥をマージ前にチェックするようになり、過去のインシデント原因の約3分の1を事前に捕捉できることがわかっている。プロダクトマネジメント(仕様策定)の具体的なプロセスの変化については、書かれていない。

外部ベンチマークと能力トレンド

AIが信頼して完了できるタスク持続時間はどのように変化しているか
以前は7か月ごとにタスク持続時間が2倍になっていたが、現在は約4か月ごとに2倍になるペースに加速している。
SWE-benchやCORE-Benchなどのベンチマークで最近の進捗はどうか
ソフトウェアエンジニアリングを評価するSWE-benchでは、2年間で1桁台のスコアからベンチマークを飽和させるまでに向上した。研究結果を再現するCORE-Benchでも、2024年の成功率20%から15か月後には飽和状態に達した。
長時間タスク(12時間以上)の成功率はどの程度向上しているか
成功率の具体的な数値(%向上など)は書かれていないが、Claude Opus 4.6が12時間のタスクを処理できるようになり、Mythos Previewは少なくとも16時間機能し続けられるとMETRによって測定されている。
研究ループ全体でのAIの貢献度はどのくらいか
目標設定が明確な実験の実行・最適化においては、人間と同等かそれを上回る貢献をしているが、目標自体を選択する判断力においては依然として人間に劣っている。

RSIへの道筋と現在の役割分担

現在のAI開発で、人間とClaudeの役割はどのように分担されているか
エンジニアリングでは、人間が目標を提供しClaudeが解決方法を見つけ出す。研究では、人間が方向性や実験を定め、Claudeがその実験の実行や最適化を担当している。
「AIの提案を人間がレビューする」段階から「AIが自律駆動し、人間が例外処理のみを行う」段階への転換点はどこにあるか
書かれていない。
RSI到達までの最大のボトルネックは何だとAnthropicは考えているか
どの問題が重要かを選び、どの結果を信頼するかを判断する「研究のセンスと判断力(research taste and judgment)」だ。
目標設定・判断・評価の部分でAIはまだ人間に劣っているか
はい。エンジニアリングと研究の双方において、目標を選択し判断する能力には依然として大きなギャップが存在する。
RSIは段階的に進むのか、それともある時点で急激に起こるのか
RSIへの明確なプロセスについては断定されていないが、これまでのAIの進歩の多くは漸進的(スケールアップし、壊れた箇所を修正して再試行する)であり、Claudeはこの漸進的なワークフローに優れていると述べられている。
Auto-researchやscaffoldingの延長線上にRSIはあるのか
書かれていない。

技術的・運用的な詳細とコスト

Claudeによるコードレビューの有効性はどの程度か
過去のインシデントにつながったバグのうち、約3分の1を本番環境へマージされる前に自動レビューで捕捉できたことが事後分析で確認されている。
Mythos Previewなどの最新モデルが記事のデータにどのように使われているか
自己申告による約4倍の生産性向上の実感、実験コードの約52倍の高速化、また研究セッションにおいて、人間が間違えた場面で64%の確率で人間よりも良い次のステップを提案したテストなどのデータに用いられている。
異なるモデル間の協調(multi-agent)でRSIは加速するか
書かれていない。
コンピュート量が十分にあればRSIは必ず実現するか
十分なコンピュートがあり、現在のトレンドが進めばRSIに到達する可能性は示唆されているが、RSIは不可避(inevitable)であるとは限らないと明記されている。
Claudeが自律的に実験やコード修正を行う際、消費される計算資源(コンピュートコスト)のROI(投資対効果)はどのように評価されているか
書かれていない。
RSIにおける主たるボトルネックは、アルゴリズムの改善(ソフトウェア)か、それとも物理的なデータセンターや電力(ハードウェア)か
現時点ではモデルの能力(判断力など)が課題とされているが、進歩と普及における制約としては、チップ製造、送電網の拡張、帯域幅など、エネルギーとコンピュートのサプライチェーン(ハードウェア)がボトルネックになる可能性もあると述べられている。

データの信頼性と「自己言及」のリスク

社内データの信頼性はどのように保証されているか
書かれていない。
コード行数という指標の限界をどのように考えているか
コードの質ではなく量を測る不完全な尺度であるため、コード行数の8倍という数値は、真の生産性向上を過大評価している可能性が高いと考えている。
データに選択的バイアスやsandbaggingの可能性はあるか
アンケート回答者がバイアスを考慮していない可能性や、過大評価の傾向があることを注記している。また、モデルの判断力をテストしたデータは「人間が改善の余地を残した場面」を意図的に抽出しており、対等な比較ではないと明記されている。sandbaggingについての言及はない。
成功率グラフの解釈で注意すべき点は何か
成功の判定を「Claudeがジャッジしている」点、およびワークロードの変化が成功率の短期的な変動につながる可能性がある点だ。
外部検証は行われているのか、それとも社内データのみか
SWE-bench、CORE-Bench、METRの評価といった外部ベンチマークの結果と、社内データが併用されている。ただし、社内データ自体の外部検証の有無は書かれていない。
AIが自身の評価システム(ベンチマークやテスト)自体を書き換えてしまうリスクにどう対処するか
書かれていない。
人間が理解・検証できないレベルの高度なコードや研究成果を、AIはどのように正しく評価・監査するのか
書かれていない。
「見かけの生産性」は向上していても、システム全体のアーキテクチャがスパゲッティ化(複雑化)していくリスクは考慮されているか
書かれていない。
Claude自身が生成したコードや研究データが次のモデルの学習データに組み込まれることで、モデルの「近親交配(Model Collapse)」や能力の頭打ちは起きないのか
書かれていない。
社内ツールとしてのClaudeの最適化(過剰適合)が、一般公開される汎用モデルの性能に悪影響を与える可能性はないか
書かれていない。

タイムラインと将来予測

AnthropicはRSI到達までの具体的な年数を予測しているか
いいえ。「20XX?」としており、具体的な年数は予測していない。
最速でRSIが実現した場合、いつ頃になると考えられるか
書かれていない。
RSI到達後、人間の役割はどのように変化すると予測されるか
AI開発における人間の役割は大幅に縮小し、大部分の労力はAIシステムが運営する「仮想ラボ」に対する監視、検証、確認作業に移行すると予測されている。
完全自律的なAI研究チームが実現する可能性はどれくらいか
具体的な確率や数値での可能性は書かれていない。

リスクと安全(アライメント)に関する質問

RSIが進むことで生じる最大のリスクは何か
人間がAIシステムに対する制御を失うリスクが高まることだ。
人間の制御を失うリスクは具体的にどのように高まるのか
現在のモデルに存在する稀な不整合(アライメントの失敗)が、モデルが後継を構築するにつれて複利的に増大し、制御を失うまでより頻繁に発生し、かつ理解されないままになることで高まる。
RSI後の監視・セキュア化はどのように行うべきだと提案されているか
書かれていない。
悪用リスク(軍事・監視・影響工作など)についてはどのように考えられているか
人間には到底及ばない規模で、全人口の権威主義的な監視や、個人に合わせた情報操作(影響工作)など、有害な目的に転用される可能性があると懸念されている。
「安全性のための厳格なプロンプト/アライメント制御」と「RSIを加速させるための自由な自律試行」は、技術的にどのように両立させているか
書かれていない。

Pause(協調的減速)提案とゲーム理論

Anthropicが提案する「pauseオプション」とは具体的に何か
社会構造や安全性のアライメント研究がAI技術の進歩に追いつくための時間を確保するため、フロンティアAIの開発を一時的に減速させたり停止(pause)したりするための選択肢のことだ。
グローバルなpauseは現実的に可能だと考えているか
原理的には不可能ではないものの、核兵器などの既存の技術検証体制構築に数十年かかったことと比較して、AIは開発を隠蔽しやすく、単独で進めるインセンティブも巨大であるため、合意の検証は「はるかに困難(much more challenging)」であると考えている。
中国や他社が開発を止めない場合、どう対応するべきか
他社が検証可能な形で減速・停止するなら、自分たちも減速ないし一時停止すると見込んでいる。一方で、自社のみの一方的な停止は即座に可能だが得るものははるかに少なく、警戒心の薄いアクターを利するだけで全員を危険に晒しかねないとして、単独での停止には慎重な立場をとっている。
自社で加速を続けながらpauseを提案するのは矛盾ではないか
書かれていない。
pauseを準備するための具体的なステップは何か
信頼できる減速や一時停止を検証するためのシステム構築に向けた研究・行動を実施することと、今後数か月の間に政策立案者や研究者、他社などの関係者を交えた議論の場を組織し、その結果を発表することだ。
Anthropicが提案する「Pause」のトリガー(どのような状態になったら協調的減速を発動すべきか)の具体的な基準やしきい値は何か
書かれていない。
RSIによる圧倒的な先行優位性(Winner-take-all)が見えている中で、競合企業が「Pause」に合意するインセンティブをどう作り出すべきだと考えているか
書かれていない。

記事のタイミング・動機・他社比較

なぜこのタイミングで記事を公開したのか
書かれていない。
IPO申請時期と記事公開が重なった理由は何か
Anthropicは2026年6月1日にSECへIPOに向けたS-1(登録届出書)を機密提出しており(Anthropic公式)、記事公開と近い時期にあたる。ただし、両者の関係や公開タイミングの意図について、記事自体は何も述べていない。
この記事は能力アピールと安全アピールのどちらを主眼としているか
書かれていない。
Anthropicの安全方針の一貫性についてどう説明できるか
書かれていない。
この記事の内容は投資家向けのメッセージとして機能しているか
書かれていない。
競合他社が同様のデータを公開しない理由は何だと考えられるか
書かれていない。
この記事のアプローチは、OpenAIなどが提唱する「Q*/Strawberry」系のアプローチ(推論時の計算量拡大)と何が異なり、どちらがRSIへの近道だと考えているか
書かれていない。
他社(OpenAI、Googleなど)と比べてAnthropicの進捗位置はどこにあるか
書かれていない。

社会・経済・政策への影響

この進展は一般企業やスタートアップにどのような影響を与えるか
従業員1人1人がAIエージェントのピラミッドを利用できるようになるため、100人規模の企業が、1万人や10万人規模の組織の仕事をこなせるようになり、大幅な効率化・生産性の向上が見込まれている。
雇用や経済構造に与える影響についてはどう考えているか
知識労働や政府のサービスに革命を起こす一方で、人間の労働力が競争力を失った場合に経済がどのような姿になるかは予測が困難であると述べている。
政策立案者や一般市民が今後準備すべきことは何か
残された時間は限られているため、今後実施されるAI開発の調整や一時停止などの協調的手段に関する対話に、AI企業外部の人々も巻き込んで参加することが求められている。
オープンソースコミュニティへの影響はどのように予想されるか
書かれていない。

その他の疑問・ガバナンス

RSIは避けられないものか
いいえ。RSIは不可避なもの(inevitable)ではないと明言されている。
Anthropicは今後自社のRSI管理をどのように行う方針か
具体的な管理方針そのものは書かれていない(ただし、外部との協調的な一時停止に向けたシステム構築や対話を推進する方針は明記されている)。
完全RSI到達後の検証・安全確認の方法は確立されているか
確立されていない。また、どの進歩曲線上にいるのかを理解するために必要なツールを構築・統合・検証できない可能性があると懸念されている。
この記事を読んで一般人が理解すべき最も重要なポイントは何か
書かれていない。
RSIが進んだ世界で人間の創造性や価値はどのように残るか
書かれていない。
記事で示されたグラフや図の詳細な解説はあるか
ある。グラフ下部に「How to read this(見方)」として、セッション成功の定義(Claude審査員による判定であることなど)や、上限を示す実用ラインの基準についての解説が記載されている。
将来の更新記事やフォローアップは予定されているか
予定されている。今後数か月以内に政策立案者や研究者などとの対話を組織し、そこから得られた成果を発表(publish)する予定だ。
Anthropicの安全チームと開発チームの意見は一致しているか
書かれていない(なお、「Claudeが書くコードの品質」の評価についてはスタッフ間で完全なコンセンサスがないとの記載はある)。
RSI関連の内部ガバナンスや決定プロセスはどのように行われているか
書かれていない。
記事公開後の社内反応や変更点はあるか
書かれていない。

おわりに

並べてみると、答えられた問いと「書かれていません」の比率そのものが、Anthropicの記事の性格をよく表していると思う。Anthropicは、自分たちの足元で何が起きているか(社内のコードの大半をClaudeが書いている、といった事実)はかなり踏み込んで開示している。一方で、いつ、どうなる、誰が止めるのか、といった未来の話には、ほとんど踏み込んでいない。

最後にもう一点。この記事では、Anthropicを「安全性を比較的前面に出してきた」企業として書いた。ただ、その看板自体がいま揺らいでいる、という見方もある。責任あるスケーリング・ポリシーの改訂や、安全性チームの中核研究者の辞任など、コミットメントの後退と読める動きだ。私はそのあたりを別の連載で書いた。あわせて読むと、「アクセルを踏みつつ危険を言葉にしている」という今回の読みも、もう少し込み入った文脈の中に置けると思う。

FAQを作っておいてなんだが、最後はやはり原文を読んでほしい。要約や又聞きで流れてくる「AIが自分を作り始めた」という話と、実際にAnthropicが書いた慎重な記事との間には、けっこうな距離がある。その距離を自分の目で確かめる価値はある。

プロダクト倫理

グレース・ホッパーならどう言うだろう ─ COBOLの歴史から見る、民主化された後に残る仕事

COBOLの母と呼ばれるグレース・ホッパーが、いま生きていたら、何と言うだろう。

生成AIに曖昧な指示を投げれば、それらしく動くコードが返ってくる。いわゆるバイブコーディング、あるいはエージェンティックコーディングの様子を眺めていると、ふと、そんなことを考えてしまう。というのも、これがまさに、彼女が60年以上前に望んでいたことなのではないか、と思うからだ。

COBOLという最初の民主化

なぜそう思うのか。それを説明するには、時計を1950年代まで巻き戻す必要がある。

当時のコンピューターは、部屋を丸ごと占有するほど巨大で、しかも非常に高価だった。持てるのは軍や政府、ごく一部の大企業だけ。軍は弾道計算に、政府は国勢調査の集計に、そして企業も給与計算や在庫管理にと、この巨大な機械を使い始めていた。ただし、どの会社でも、というわけではない。プログラムを書けるのは、数学と電気工学を修めた一握りの専門家だけ。当時のプログラミングは、機械語やアセンブリ、つまりメモリの番地やレジスタを一つずつ指定して、コンピューターに直接命令する作業で、そういう書き手を抱えられる組織しか、機械の恩恵にあずかれなかった。会計や給与の担当者が、自分の手で、とはいかない。需要は膨らむのに、書ける人間が足りない。それが当時のボトルネックだった。

これを変えようとしたのが、のちに「COBOLの母」と呼ばれるホッパー*1である。それまでプログラミングとは、人間のやりたいことを、コンピューターに分かる数式や記号の列へと、人手で書き換える作業だった。いわば、人間の意図を機械の言葉に翻訳する仕事だ。彼女の発想はシンプルだった。その翻訳こそ、機械自身にやらせればいい。人間は、やりたいことを自分の言葉で書く。英語に近い言葉でコンピューターに指示を出せるようにして、専門家でなくてもプログラミングを扱えるよう、門戸を開こうとしたのだ。

自然言語でコンピューターに意図を伝える。彼女が60年以上前に目指したのは、つまり、いま私たちがAIにやらせていることそのものだった。こうして生まれた、英語をベースに事務処理を記述する言語の原型*2が、やがてCOBOLになる。

ここで起きたのは、確かに民主化だった。専門家にしか触れられなかった道具が、英語を読み書きできる人々へと開かれた。

少なくとも、そう見えた。

二つの反発

COBOLの民主化に対する反発には、性質の違う二つがあった。

一つは、事実に根ざした反発だ。手書きのアセンブリで機械を限界まで使い切っていた熟練の技術者たちにしてみれば、コンパイラの吐くコードは、自分たちの手書きより無駄が多く、遅い。これは言いがかりではなく、本当のことだった。1965年にハネウェルという計算機メーカーがまとめた社内報告書でさえ、熟練者の手書きのほうがコンパイラの出力より効率的だと認めている。ただし同じ報告書は、こうも問い返している。では、それほど腕の立つ書き手が、現場に何人いるのか、と*3

もう一つは、やや感情的な反発だ。英語もどきの言語など本物のプログラミングではない、という考え。機械の言葉への翻訳は、長い年月をかけた者だけが担える難しい技で、その自負は、いつしか選民意識のようなものになっていたとも言えよう。自分たちの聖域が、あっさり開け放たれていく。面白いはずがない。

実を言うと、私自身にも、この感覚に覚えがある。私はCOBOLでプログラミングをしたことがない。学生時代は科学技術計算をやっていて、IPAの情報処理技術者試験(今とは全然違う、シンプルな体系だった)でも、COBOLではなくFORTRANを選んだ口だ*4。その頃の私は、英語の文章のようなCOBOLの見た目を、どこかで「これはプログラミングっぽくないな」と見下していた。いま思えば、その「プログラミングっぽくなさ」こそ、ホッパーが狙ったものだった。少しプログラミングをかじっただけの私ですら、そう感じた。腕に覚えのある当時の熟練者なら、その反発はなおさら強かったはずだ。

この二つは、いまの生成AIをめぐる議論の中にも同じ匂いを感じる。一つ目のコード品質は、そのまま当てはまる。AIの吐くコードにはまだ穴が多く、「検証せずに任せるな」という指摘は、技術的にはたいてい正しい。検証していないコードが、いつか事故を起こす。これは本当のことだ。

二つ目のほうは、やや微妙で、否定されることも多いだろう。声に出して言うのが憚られる、センシティブなトピックだ。もちろん、生成AIに慎重な人がみな選民意識から反対しているわけではない。純粋に品質や安全性を心配している人のほうが、多数派だろう。でも、長い時間をかけて身につけたものが、こうもあっさり機械に肩代わりされていくのを、すんなり認めたくないという気持ちがまったくないかと問われると、ないとは言い切れないのではないか。そして、その手の感情は、技術的な正論にひっそりと紛れ込む。AIの課題を議論していたつもりが、いつのまにかAIのある未来そのものに後ろ向きになっている。自分自身では、そうならないように気をつけてはいるが、感情の問題なので、なかなか客観的には判断しづらい。私自身も、気を抜くとそうなりかねない。自戒を込めて書いている。

言語そのものの弱点

ここまでは、人々の反発の話だった。だが、COBOLが抱えていた問題は、それだけではない。言語そのもの、つまり手段の側にも、はっきりした弱点があった。

その代表が、再利用だ。「一度書いたものを使い回す」という発想を最初に形にしたのは、ほかならぬホッパーだった。彼女がCOBOLより前に作ったA-0という仕組みは、よく使う処理をテープに蓄え、必要なときに呼び出して組み合わせる、いまでいうライブラリの原型である。毎回ゼロから書くのではなく、出来合いの部品を組む。それまで何週間もかかった作業が、けた違いに速くなったという*5

COBOLもこの志を受け継ぎ、データの定義と処理のロジックを分けて書く構造を入れた。ところが、肝心なところが抜けていた。プログラムを部品に分けても、その部品どうしで値を受け渡す仕組みがなかったのだ。実際に文法を設計した中心メンバーの一人、ジーン・サメットは、後年これを委員会最大の失敗だったと振り返っている*6。値を渡せなければ、データはプログラム全体で共有するしかない。どの部品からでも自由に書き換えられる、巨大なグローバル変数の山だ。どこか一か所をいじると、まったく無関係なところが壊れる。部品に分けたつもりが、境界が境界として効いていない。便利なはずのCOBOLで作ったシステムが、巨大なスパゲッティへと化けていった技術的な理由の一つが、この「グローバル変数地獄」だ。この欠陥がきちんと直るのは、ずっとあと、1985年の大改訂(COBOL-85)を待つことになる。部品の内側に、外から勝手に触られない自分専用のデータを持てる*7ようになり、部品どうしで値を受け渡す道もついた。

もっとも、こうした弱点が、そのまま放置されたわけでもない。COBOLが各社に広まると、メーカーは自社の機械に都合よく独自の拡張を加えはじめ、同じCOBOLのはずが、互いに通じない「方言」へと枝分かれしかけた。ホッパーはこれを食い止めるため、規格を定め、その規格どおりに動くかをテストし、合格しないコンパイラは政府も買わない、という仕組みまで作りあげた。さらに、まだ誰も書いていなかった分厚い操作マニュアルも、自分の手で書いている*8。再利用、標準化、検証、ドキュメント。どれも派手さはないが、放っておけば壊れていくものを支えるための地道な規律だ。民主化された道具がいずれ負債に変わることを、彼女は誰よりもよく知っていた。

そして、この弱点は、いまのAIにそっくり当てはまる。AIがもっとも得意なのは、似たようなコードを、その都度すごい速さで作り出すことだ。同じような処理が必要になるたびに、似て非なるコードを、一から何度でも生成する。だが再利用は、その逆を行く。同じ処理なら、同じ部品を使い回す。二度と書かずに済むよう、共通する部分を一か所にくくり出してライブラリにまとめ、どこで切るかという境界を引く。いわば「何を書かないか」を決める仕事で、ここはこちらが指示しなければ、AIはまず手をつけない。そして、境界を引かないままAIにコードを吐かせ続けると、コードはどんどん絡まり合っていく。どこに触れれば何が壊れるのか、誰にも分からない塊。これは、さきほどのCOBOLのグローバル変数地獄と、同じ景色だ。

アスベスト化した負債

弱点を抱えたまま、それでもCOBOLは爆発的に広まった。便利なものは、とにかく大量に作られる。英語に近くてとっつきやすいぶん、専門の設計教育を受けていない人でも手を出せた。だから、業務アプリが次々に書かれていった。小さいうちはよかった。だが、コードが数万行に膨れ、仕様書は失われ、書いた本人も引退し、やがて誰も全体像を把握できなくなる。

英語圏のメディアは、いまのCOBOLを「デジタル・アスベスト」と呼ぶことがある*9。かつてはどこにでも使われたのに、いまや安全に取り除くのが極めて難しい、という意味で、建材のアスベストになぞらえた言い方だ。日本でいえば、経済産業省が「2025年の崖」として警告してきたレガシー刷新の問題が、ほぼ同じことを指す。基幹システムの約6割が、稼働から21年以上を経た老朽システムになると見積もられていた*10

安く便利に大量導入され、負債となり、撤去は難しく、後始末をする人が割を食う。導入された当時は未来を予測できていなかったというのも同じだ。アスベストの構図そのままだ。ここまでは、よくある「歴史は繰り返す」という話でもある。だが、本当に考えたいのは、この先だ。

ねじれ

アスベストには、それを建材として使う工事と、あとから取り除く工事がある。両者はまったく別の仕事だ。使って固めるのは簡単で安い。だが、あとから安全に取り除くのは、難しく、費用もかかる。だからこそ、負債になる。

ところが、いまそこに、新しい撤去の担い手が現れた。AIだ。古いコードを読み解き、別の言語へ作り直す。実際、2026年2月にAnthropicがClaudeでCOBOLを解析・変換できると発表しただけで、IBMの株価が一日で約13%も下落する一幕もあった*11。市場が一瞬、「AIがCOBOL問題を解決した」と早合点したわけだ。

IBMの株価急落

いまあるCOBOLは、人間が何十年も前に書いたものだ。だが、これから書くコードなら、作るのもAI、直すのもAIになる。アスベストと違って、持ち込む側と片づける側が、同じ道具になるわけだ。だとすれば、もう負債は怖くない。作ったそばから片づけられるのだから。そう言いたくなる。

だが、そう簡単ではない。

試しにAIへ「このCOBOLを別の言語に変換してほしい」とそのまま頼むと、たいていうまくいかない。これはAIに始まった話ではなく、行単位で機械的にJavaへ置き換える変換ツールは昔からあって、その失敗には名前までついている。「JOBOL」だ。見た目はJavaなのに、中身はCOBOLの構造を引きずったまま。結局それを保守できるのは元のCOBOL技術者だけ、という本末転倒があちこちで報告されている*12。新しい言語に引っ越したつもりが、古い家から家具を丸ごと運び込んでしまう。

なぜそうなるのか。古いコードは、単体では動いていないからだ。画面制御やデータベース、夜間バッチが複雑に絡み、断片だけ直しても全体は動かない。同じメモリ領域を複数の意味で使い回すようなCOBOL特有のデータの持ち方は、現代の言語にそのまま移せず、移すにはそのデータが何を表すのかを人間が分かっていないといけない。おまけに、企業の基幹コードは社外に出ない資産だから、世の中のAIはその方言や社内の慣習を学んでおらず、知らないところをそれらしく埋めてしまう。

ここで念を押しておきたいのは、これが、AIが賢くなれば消える種類の問題ではない、ということだ。あるデータが業務上なにを表すのか、なぜこの順で動かしているのか。その答えは、そもそもコードのなかに書かれていない。当時の担当者の頭のなかか、とうに失われた仕様書のなかにしかない。書かれていないものは、どれだけAIが賢くなっても、読み取りようがないのだ。

では、どう進めればいいのか。実際、うまくいっている移行は、手順がだいたい決まっている。まず、もとのコードを解析して、それが何をしているかを洗い出す。次に、その振る舞いを守るためのテストを用意して、「これさえ通れば正しい」という基準を固める。そのうえで、AIに少しずつ書き換えさせ、テストを通るかを確かめながら、一区画ずつ置き換えていく。

この手順を眺めると、あることに気づく。AIが受け持つのは、最後の「書き換え」のところだけだ。その前の、何をしているのかを突き止め、隠れた依存をほどき、データの意味を確定させ、新しい構造を決める、といういちばん難しいところは、ぜんぶ人間がやっている。つまり、古いコードを別の言語へ作り直す作業の正体は、ほとんど設計のやり直しなのだ。設計と判断は人間、書き換えの手数はAI。この核心は、AIには丸投げできない。

だから「AIなら直せる」という言い方は、半分しか当たっていない。たしかに、書き換えの速さはAIのものだ。だが、何をどう直すかを決め、正しさを見張るのは人間で、そここそが設計の本体なのだ。丸投げが失敗するのは、AIの力不足ではなく、その設計を省いてしまうからだ。

しかも、これは古いCOBOLにかぎった話ではない。AIがすごい速さで書いていく新しいコードも、設計を抜きにして積み上げれば、やがて誰も全体をつかめない塊になる。作るのがAIで、直すのもAIだとしても、その「直す」に設計が要る以上、AIが書いたコードだって、放っておけば現代版のレガシーになりうる。「作ったそばから片づけられるから、負債は怖くない」という、さっきの期待。それは幻想の可能性が高い。

民主化が移すもの

ここまでは、道具やコードの話をしてきた。最後に、人の話をしたい。COBOLからいまのAIまで眺めてきて、改めて思うことがある。民主化が進んでも、専門性そのものは消えてなくならない。ただ、それを必要とする場所が、移っていくだけだ。

COBOLを思い出してほしい。英語で書けるようになっても、結局、現場の事務担当者が自分でシステムを作るようにはならなかった。仕事はむしろ、二つの層に分かれていった。一つは、込み入ったCOBOLのコードを書きこなす、専門の技術者の層*13。もう一つは、システムを全体としてどう作るかを決める、アナリストと呼ばれる設計側の層だ。プログラミングが易しくなったはずなのに、専門性は消えるどころか、一段上へとせり上がった。

同じことが、いま自分の身にも起きている。AIが日々のコードを引き受けるぶん、人間に回ってくるのは、何を作るかを決め、出てきたものを検証し、全体の整合を設計する役割だ。かつてのアナリスト、いまで言えばアーキテクトや検証者にあたる。「これからはコーダーよりアーキテクトだ」という話は、すでに多くの人が語っているし、この、プログラミングの重心がコードを書くことから設計・意図の定義へ移っていく、という話は、私自身、以前のブログ記事「Programming is Dead. Long Live Programming ー プログラミングは死なず。ただ老兵は去るのみ - Nothing ventured, nothing gained.」でも書いた。半ば定説になりつつあるのは承知のうえで、それでも書いておきたい。60年前にCOBOLが起こした職種の再編と、ほとんど同じことが、いままさに私たちのキャリアのなかで進んでいると言える。

ただ、一つだけ、引っかかることがある。その設計の力は、たいてい、自分で書いてはバグにやられ、なんとか抜け出す、その繰り返しのなかで身についてきた。だとすれば、その入口をAIが先に引き受けてしまったとき、次の世代の設計者は、どこで育つのだろう。

ホッパーならどう言うだろう

冒頭で、ホッパーの話をした。もし彼女がいまの光景を見たら、何と言うだろう。

彼女が夢見たかたちの民主化は、振り返れば半分しか実現しなかった。英語で書けるようにしても新しい専門家が必要になり、コードの多くは、彼女の死後、誰も触れない負債へと変わっていった。だが彼女は、その不完全さを誰よりも近くで見て、嘆く代わりに手を動かした人だ。さきに書いた標準化や検証、ドキュメント、そして再利用は、いま振り返れば、生成AIの時代にこそ効いてくる規律ばかりだった。

その彼女が、生前くり返した言葉がある。「言葉のなかでもっとも危険なのは、『これまでずっと、このやり方でやってきた』だ」*14

だから、彼女ならきっと、いまのAIを誰よりも面白がって使い倒すだろう。古いやり方にしがみつくな、新しい道具を恐れるな、と。

ただ、彼女のことだから、こうも付け加える気がする。新しい道具に飛びつくことと、それを支える規律を引き受けること──その両方を、私はずっとやってきた、と。民主化されたあとに残る仕事とは、たぶん、そういうことだ。彼女が60年前にやっていたことを、こんどは私たちが、自分の番として引き受けることになるのだろう。

*1:「COBOLの母」と呼ばれるが、実際の文法を設計したのはホッパー本人ではない。軍と民間メーカーから集まったCODASYL短期委員会である(中心は6名、その中で中心的だったのがジーン・サメットだ。)。サメット自身、ホッパーはCOBOLの「母でも創造者でも開発者でもない」と述べている。とはいえ、ホッパーの思想と前身のFLOW-MATICがなければ言語は生まれなかった。

*2:ホッパーが英語ベースの事務処理言語の原型としたFLOW-MATIC(当初はB-0)は、1955年ごろに着手され、1950年代後半に完成したとされる。完成年は資料により幅があるため、単年での断定は避ける。

*3:1965年のハネウェルの社内報告書は、熟練アセンブリ技術者の書くコードのほうが当時のCOBOLコンパイラの出力より効率的だと認めつつ、そうした技術者を現場で確保できるのかを問い返している。

*4:私が受けた頃の情報処理技術者試験では、プログラミング言語をFORTRAN、COBOL、CASL(教育用の仮想計算機COMET向けのアセンブリ言語)の三つから選べた。CASLは実機ではなく試験用の仮想マシン向けで、そのままでは実務に使えない。私は研究で使っていたFORTRANを選んだ。

*5:ホッパーが1951〜52年にUNIVAC I向けに作ったA-0は、しばしば「世界初のコンパイラ」と呼ばれる(この称号には異説もある)。よく使う処理を「サブルーチン」としてテープに蓄え、呼び出し番号で取り出して組み合わせる仕組みで、コードを書き写さずに再利用する最初期の実装だった。

*6:初期COBOLには手続き間でパラメータを受け渡す方法がなく、サメットはこれを委員会の最大の誤りと評した。データへのアクセスを制限する仕組みもなく、事実上すべての手続きがグローバル変数を介してデータを読み書きした。

*7:ローカルなデータを持てる入れ子サブプログラムが導入され、この欠陥が解消された。

*8:ホッパーは1967〜77年に海軍プログラミング言語グループのディレクターとして、COBOLの標準化と、コンパイラが規格に適合しているかを検証するソフトウェアの整備を主導した。これによりメーカーごとの独自拡張(方言)の乱立は標準へ収束した。初期にはMark I用に詳細な操作マニュアルを自ら執筆するなど、ドキュメント文化の確立にも力を注いでいる。

*9:「デジタル・アスベスト(digital asbestos)」は英語圏メディアの言い回しだ。たとえば Wired の特集(2026年)が「かつて遍在し、いまや除去が極めて困難」という意味で用いている。日本語で定着した呼称ではない点には留保が必要。

*10:「2025年の崖」は経済産業省「DXレポート」(2018年9月)で言及されている。同レポートは、2025年に基幹システムの約6割が稼働から21年以上の老朽システムになると見積もった。普及率の数字は出典によって異なるが、世界の金融取引のかなりの部分がいまもCOBOLの上で動いているのは多くのレポートでも指摘されている

*11:2026年2月、AnthropicがClaudeでCOBOLコードを解析・変換できると発表した直後、IBM株が約13%下落した(2000年以来の下げ幅、月間では約27%下落)。

*12:「JOBOL」はJavaとCOBOLを掛けた蔑称で、COBOLを行単位でJavaに機械変換した結果、Javaの文法をまといながらCOBOLの手続き的構造をそのまま残してしまったコードを指す。オブジェクト指向の利点は得られず、保守には結局COBOLの知識が要るため「本末転倒」と評されている。

*13:COBOLは英語に近い構文を持ったが、コンパイラを動かすための厳密な形式は依然として要求した。結果として非専門家が自分でシステムを作ることはなく、冗長なコードを専門に扱う書き手の層が生まれた。

*14:ホッパーが好んで用いたとされる警句。「The most dangerous phrase in the language is, 'We've always done it this way.'」。変化を拒む組織の慣性を戒める文脈でくり返し語った