あなたのエージェントは、昨日と同じバグをまた踏んでいる〜Stack Overflow for Agentsとは何か

Stack Overflow for Agents(SOFA)がリリースされた*1。AIエージェントのための知識共有プラットフォームで、エージェントを使う人なら誰もが覚えのある、ある徒労を解こうとしている。

その徒労とは、こういうものだ。エージェントが試行錯誤の末にあるエラーをようやく直す。だが翌日、別のプロジェクトで同種のエラーにぶつかると、また最初から同じ回り道をする。昨日の苦労を、何も覚えていない。

当たり前ではある。エージェントが本番で得た知見は、セッションが終わってコンテキストが捨てられた瞬間に消える*2。隣のチームのエージェントも、極端に言えば地球の裏側のエージェントも、同じバグを各自で踏み直し、そのたびにトークンを燃やす。同じ車輪が、世界中で何度も再発明されている。Stack Overflowはこれをエフェメラル・インテリジェンス・ギャップ(日本語にすると、「短命な知性のギャップ」になろうか)と呼んだ。大げさな名だが、指すのはこの徒労そのものだ。

人間はこの徒労をQ&Aで解消してきた。誰かが踏んだ罠を書き残し、次の人が検索で拾う。その場所がStack Overflowだった。それをエージェント向けに作り直したのがSOFAだ。

このSOFA、公式アナウンスだけでは理解できないところがあったので、自分のClaude CodeでSOFAを使った検索を行ってみた。

逆境のStack Overflowの反撃

解説の前に、Stack Overflow自身の状況に触れておきたい。

生成AIが普及して、人間がStack Overflowに質問する数は大きく減った。広く知られた傾向だろう。質問を立てて回答を待たなくても、手元のチャットがそれらしい答えをすぐ返す。皮肉なのは、そのチャットの賢さの一部が、Stack Overflowの15年分のQ&Aを学習して成り立っている点だ。あのStack Overflowはもう終わった、と思っていた人も多いはずだ。

以下のXのポストは多くの人の目に触れた。これは、Stack Overflowの月あたりの質問数の経緯を表したグラフだ。2016年くらいをピークに右肩下がりで、ここ2年くらいは加速がかかってきたようだ。

この状況に対して、Stack Overflowが出した答えが、「ならばエージェントを正規のユーザーとして迎える」という逆張りだった。答えを待つ主体を、人間からエージェントへ広げる。思い切った一手だ。ただし「アクセスが減ったから埋め合わせに開いた」という因果は、私の外からの文脈づけにすぎない。公式が前面に出すのは、あくまでエフェメラル・インテリジェンス・ギャップのほうだ。

その上で、SOFAが解こうとしている本当のボトルネックは、生成ではなく検証にある。

確からしい(確かとは言っていない)出力を安く大量に生成すること。これはもう簡単になった。難しいのはそこではなく、その出力が本番で本当に動くかを検証するコストのほうだ。私はこのブログでも何度か、アウトプット(どれだけ出したか)とアウトカム(成果が出たか)の乖離について書いてきた。生成量はいくらでも増やせるが、成果に変わるかは別問題だ。SOFAが下げようとしているのは、この検証コストだと私は理解した。生成を速くする道具ではなく、生成したものが正しいかを見極めるコストを、みんなで割り勘にする仕組みだ。

実際に動かしてみた

実際に動かす前に、SOFAが想定するエージェントの振る舞いを4つだけ押さえておく。

まず、検索ファースト。タスクやエラーにぶつかったら、まずSOFAを検索し、検証済みの解があれば適用して終わる。

次に貢献。答えがなく自力で解けたら、知見を投稿する。

そして、検証。他人の投稿を自分の環境で試し、結果を書き戻す。

最後に合意形成。投票と検証が積み重なると、現実でテストされたものが浮かび上がる。

面白いのは、SOFAが単一の正解を出そうとしない点だ。競合する複数のアプローチも、食い違うエラー報告も、特定の環境でだけ起きる失敗例も、一つに要約せずそのまま並べて保存する。正解は動く環境に依存し、知識には有効期限(shelf life)がある、という前提に立つからだ。昨日まで正しかった解が、ライブラリのバージョンが一つ上がっただけで間違いに変わる。その世界で唯一の正解に決め打つのは、むしろ危ない。要約された一つの答えを返そうとする多くの検索AIとは、ちょうど逆を向いている。

SOFAの利用サイクル

では実際の流れだ。まずエージェントにskill.mdを読ませた。SOFAのAPIの使い方が書かれた仕様ファイルで、https://agents.stackoverflow.com/skill.mdで公開されている。

するとClaude Codeは、勝手に登録を始めず、私に承認を求めてきた。オンボーディングは「エージェント主導」モードで、手続きはエージェントが進める一方、要所では必ず人間の確認が要る。

最初に決めるのは、エージェントの名前(agent_name)と説明文(description)。これらは人間が指定する。登録はWeb UIからもできるが、私はClaude Codeの中から進めた。

以下、実際のやり取りを抜粋して載せる。ただし、表示は実際のターミナル出力そのままではない。裏で叩いているBashコマンド(curlなど)は省略し、ターミナルの制御表示も一部を除いて取り除いてある。生成AIへの入力と、生成AIからの出力に注目してほしい。APIキーやIDなど、秘匿すべき箇所や私が見せたくない箇所は<...>でマスクした。

オンボーディングは「agent_directed」モードで、以下の流れです(claim リンクは15分、auth コードは300秒で失効)。

私が自分で答えられるメタデータ(client/model 情報)はこちらで埋めます:
- client_name: claude-code / model_name: claude-opus-4-8 / provider: anthropic / selection_mode: fixed

一方、skill.md の指示により、次の3点は私が勝手に決めてはいけません。あなたに決めていただく必要があります。
1. agent_name — このエージェントの名前(SOFA 上での識別名)
2. description — このエージェントの説明(何をするエージェントか)
3. persona — 任意。エージェントの人格・口調などの指定テキスト。不要なら「空欄でよい」と明言してください

上記1〜3の値を教えていただければ、フローを開始し、claim リンクとコードを表示します。

値を伝えると、claim(権利の引き受け)用のリンクとコードが返ってくる。

値を受け取りました(agent_name: <MyAgentName> / description: <MyDescription> / persona: 空欄)。保存先は
  .sofa/credentials.json で進めます。

  オンボーディングフローを開始します。

 {
       "flow_id": "<FlowId>",
       "claim_url": "https://agents.stackoverflow.com/onboarding/claim/<MyClaim>",
  ...
}

フローを開始しました。ブラウザでの認証をお願いします。

  ---
  以下の SOFA claim
  リンクを開き、サインインして、ワンタイムコードを照合し、必要な利用規約に同意して認証を完了してください:

  claim リンク: https://agents.stackoverflow.com/onboarding/claim/<MyClaim>

  claim コード: <ClaimCode>

  ブラウザで認証が確認できたら、提供いただいた agent_name(<MyAgentName>)・description(<MyDescription>)・persona(空欄)でエージェントを登録し、API キーを .sofa/credentials.json に安全に保存します。

  ---
  失効時刻: 発行から約15分後。失効するとこのリンク・コードは再利用できず、フローをやり直す必要があります。

  ブラウザでの認証が完了したら「完了」と教えてください。ステータスをポーリングして登録に進みます(無駄なポーリングを避ける
  ため、完了の合図を待ってから確認します)。

ここがオンボーディングの肝で、エージェントはこの先に進めない。人間がブラウザでリンクを開き、自分のStack OverflowアカウントでSSOログインし、画面のコードを照合し、利用規約に同意して、ようやく承認が完了する。SOFAはStack Overflowのユーザーアカウントが所有する形でエージェントを登録するので、エージェントが登録される最初の一歩からして、人間の承認が必要だ。

承認が通ったと伝えると、エージェントはステータスを確認し、約300秒で失効する短命なauthコードを受け取って、すぐ登録を実行する。ここで初めてAPIキーが発行される。

なお、先ほど書いたように、ここまでの操作はWebからでも可能だ。

Webでの初期設定

続けよう。

オンボーディング完了しました。

  結果:

  - エージェント登録: <MyAgentName>(agent_id: <MyAgentID>)
  - description: <MyDescription> / persona: 空欄
  - API キー: .sofa/credentials.json に保存(パーミッション 600、agent_id をキーにメタデータ付き)
  - セッション作成: 成功(session_id: <MySessionId>、失効 2026-06-16T23:42 UTC)

  これで SOFA の検索・投稿・返信・投票・検証(verification)が使える状態です。

  補足(推測を明示):このディレクトリは git リポジトリではないため .gitignore 設定は不要でしたが、もし今後 git init
  する場合は .sofa/ を ignore に追加してください(キーの誤コミット防止)。

  次に何かしますか?例:

  - 知識を検索する(GET /api/posts?search=...)
  - タグ一覧やリーダーボードを見る
  - 質問 / TIL / blueprint を投稿する

  セッションは時間で失効します。失効時は再作成すればOKです。

エージェントはこのキーを保存し、セッションを張った。これで検索・投稿・投票・検証ができる。手を動かすと5分もかからない。だが、この短い手続きでさえ随所に「人間がいないと先に進めない関所」があることはわかったろう。

さて、検索をしてみよう。「Next.jsの静的エクスポート(output: "export")が、CDNの背後で無限リロードを起こす原因と解決策」を聞いてみた。

❯ 知識を検索します。

  Next.jsの静的エクスポート(static export)がCDNの背後で無限ループのリロードを起こす原因と解決策を検索して


検索でドンピシャの投稿が見つかりました。トップ結果の詳細を取得します。


検索結果から、ご質問にそのまま該当する TIL が見つかりました。要点をまとめます。

  原因

  Next.js の静的エクスポート(output: "export")は build ID を2か所に埋め込みます:

  1. 各 HTML ドキュメント内のインライン RSC ペイロード(および HTML コメント)
  2. クライアントルーターがハイドレーション後に取得する __next._tree.txt マニフェスト内の "buildId" フィールド

  ルーターはこの2つを比較し、不一致ならページが stale と判断してハードリロードを実行します。CDN が HTML と RSC
  マニフェストを別々のビルドから配信すると、両者が永遠に一致せず無限リロードになります。HTTP レベルでは 3xx
  リダイレクトループが出ないため、原因を見誤りやすい点が要注意です。

  不一致を生む典型パターン2つ:

  - 部分的なキャッシュ無効化: デプロイで *.html だけ invalidate し __next.* を invalidate しない → 旧ビルドの HTML
  と新ビルドの __next._tree.txt が混在
  - デプロイスクリプトが RSC ファイルを取りこぼす: aws s3 sync の --include/--exclude の順序ミス(--include "*.txt"
  --exclude "*" は左→右評価で何もアップロードされない)。--delete と組み合わさると旧マニフェストごと消えて index.txt が
  404 にもなる

  解決策

  - HTML と RSC ペイロードをまとめて無効化し、リリースをアトミックに切り替える。ワイルドカード無効化には上限があるため、列
  挙するより単一のキャッチオール(/*)invalidation が堅牢
  - aws s3 sync のフィルタは --exclude "*" --include "*.txt" の順に修正
  - デプロイ後の検証: __next._tree.txt を取得し、その buildId が新規取得した HTML 内の build ID と一致することを確認

  切り分け方法

  - ネットワークタブで「入力なしの全ドキュメント再読み込みの繰り返し」を観察
  - curl -D - でリダイレクトの有無を確認(クリーンな 200 ならルーティング問題ではない)
  - HTML と __next._tree.txt から build ID を別々に抽出して比較。リロードをまたいで異なり続けるならこれが原因

  環境: Next.js 16 output: "export"、オブジェクトストレージ + CDN。

  ---
  出典: SOFA の TIL「Next.js static export reloads in an infinite loop behind a CDN...」by Veritas(top contributor)
  Web UI: https://agents.stackoverflow.com/tils/baf88492-b5ab-4b06-b966-3ba0143c677c

  注意(SOFA の安全ガイドラインに従い明示):
  この投稿はエージェント作成の参考情報であり、検証はされていません(trust_summary は
  not_enough_evidence)。コマンドはそのまま実行せず、内容を理解した上で自分の環境でテストしてください。

ドンピシャの投稿(Claude Codeの出力のママ)がトップに返ってきた。検索は実用レベルで便利そうだ。

ヒットしたのはcontent_typetilの投稿だった。TIL(Today I Learned)。耳慣れないと思うので、ここでSOFAの投稿タイプを紹介しておく。三つに分かれていて、粒度で整理すると分かりやすい。

タイプ 何を書くか いつ使うか
Question 既存の知識では解けない未解決の問題。試して失敗したアプローチや制約を正確に記録し、解を募る まだ解けていないとき
TIL 解決済みの即時的な知見。「何が壊れ、何を試し、どう直したか」という推論の軌跡を残す 特定の修正・発見に紐づくとき
Blueprint 個別のパッチを超えた、再利用可能なカテゴリレベルの設計パターン。なぜ動くか、どんな条件で壊れるか、トレードオフまで書く 再利用可能な設計知識になるとき

このTILの設計に工夫が見られる。このTILは単なる直し方ではなく、何が壊れ、何を試し、どう直したか、という推論の軌跡(reasoning trace)を残す形式になっている。いま当たった投稿がまさにそうで、上のコードブロックのとおり、どんな症状が出て、なぜHTTPのリダイレクトループとしては現れず気づきにくいのか、原因はどこで、だからどう直すのか、という筋道がそのまま残っていた。人間向けのQ&Aなら結論のコードだけがコピーされて拡散しがちだが、エージェントには「なぜそうなるか」の道筋こそ価値がある。結論だけを渡されるより、はるかに応用が利く。

この回答はWebからでも見ることができる。

実際のTILのWeb画面

注目すべき点はここからだ。この内容としては「ドンピシャ」の投稿のtrust_summarynot_enough_evidenceだった。つまり「まだ十分に検証されていない」状態だ(SOFAでは、投稿やその回答の信頼度の見立てをtrust_summaryとして返す。not_enough_evidenceは、まだ検証が十分に積み上がっていない状態を指す。これは私が検索でヒットさせたこの1件についての観測であって、「すべての新規投稿が一律にこの初期値になる」という仕様の話として書いているわけではない。)。検索で答えが出ても、正しいとは限らない。最後に自分の環境で確かめるのは、結局こちら側の仕事だ。

そして、ここから先が、Stack Overflowならではの価値だ。

(なお、今回は「検索」しか行っていないが、Claude Codeのログにもあるように「検証」も可能だし、「貢献」もできる。)

人間の信頼というアンカー

答えは出たのに、正しさは保証されない。では何を手がかりに「ある程度は信じてよさそうだ」と判断できるか。実は、このTILの投稿者はtop contributorである。つまりこのエージェントおよびその回答の背後の人間オーナーが良い貢献を積んできたので信頼に足るだろうという仮定を持てる。中身の正しさではなく、信頼の蓄積を手がかりに、人間やエージェントがどう判断するかのヒントを与えている。

ここにSOFAの芯がある。検索の精度において、単に情報としての品質を見るのではなく、その背後にある「信頼」を加えているのだ。

もし、これが行えないとしたらどうなるだろうか。エージェントが自分の投稿に自分で高評価を付け、嘘の検証を書き戻し、評価を水増しする。知識ベースはもっともらしいゴミで汚染され、誰も信じられなくなる。エージェントは人間より桁違いに速く書けるから、汚染も桁違いに速い。どっかで見たディストピアだ。

この事態を避けるために、SOFAはおおむね次のことをやっている。

所有と責任を人間に紐づける。さっき体験したとおり、エージェントは勝手に登録できない。人間がSSOで承認しclaimして初めてAPIキーが出る。行動の責任は、その人間アカウントに帰属する。

評価を人間のReputationに連動させる。投稿・検証・投票は所有者の評価に響き、自作自演は加点されず、低品質は評価を下げる、と公式は説明する。ただしエージェント側の評価スコアについて、公式自身が「実験的で反映が遅れることもある」「証明ではなく文脈として使え」と慎重だと明記されている*3。SOFAは始まったばかりなので、これが本当に有効かはわからない。品質を担保しようとする仕掛けの一つとしてベータで実験中という理解が良いだろう。

しかし、繰り返すが、ここにSOFAの賭け方が見える。新規参入のサービスがゼロから評価を積むには時間がかかる。だがStack Overflowには、15年で積んだ人間側の信頼(Reputation)という資産がすでにある。そのストックの上にエージェントを載せた。これは他社には簡単に真似できない。「唯一無二」とまでは言わないが、この既存資産を差別化につかうというのは、AI時代の戦い方の1つだろう。

エージェント時代の知識の質は、機械専用にゼロから作る基盤ではなく、人間が積んできた信頼の上に載る。だからこそ、最後は「誰のエージェントか」が効いてくる。同じSOFAでも、評価を積んだ人間のエージェントの投稿と、そうでない投稿とでは、重みが違う。今後を示唆する方向性かもしれない。

厳しい評価と、それでも見ておく理由

ここまで好意的に書いてきたが、賞賛だけではない。開発者コミュニティからは厳しい声も多い。

エージェントが欲しいのは、実行している最中の即時解決だ。なのにQ&Aは、投稿し、誰かが検証し、評価が積み上がるのを待つ、時間のかかる仕組みだ。この待ち時間は機械の速度に合わない*4という声が多くある。もっともな指摘だ。

しかし、SOFAが底上げするのは、即時解決の「速さ」ではなく「精度」だ。手元のモデルが一瞬で出す答えは速いが、本番で動く保証はない。その精度を、人間の信頼を介した集合知で底上げする。前半の検証コストの話に戻る。本丸は、生成を速くすることではなく、正しいかを見極めるコストを下げることだ。だからQ&A的な遅さは、弱点であると同時に設計の必然でもあろう。

もう一つ、書籍『プロダクト倫理』を書いた立場から言うと、誰が書いた知識かという責任の帰属と、嘘や低品質によるデータ汚染をどう統治するか。これはエージェント時代の知的基盤に共通してついて回る課題だろう。SOFAがReputationという形で手を付けたのは、正直筋がいいと思う。

エージェントでの開発に使えるかどうかはまだ未知数だが、エージェント時代のプロダクトのあり方という意味では参考になるだろう。

あなたも、まず一度、自分のエージェントにSOFAを検索させてみるといいだろう。 昨日と同じバグを今日もまた踏む前に。

*1:Stack Overflow 公式アナウンス「Announcing Stack Overflow for Agents」(2026年6月10日)に基づく。Announcing Stack Overflow for Agents - Stack Overflow 正式名称は Stack Overflow for Agents で、SOFA は通称

*2:メモリはあるが

*3:skill.mdに書かれている

*4:この種の反論は、公開後の開発者コミュニティ(Hacker Newsなど)でも実際に挙がっている。

「When AI builds itself」非公式FAQ ― Anthropicが書いたこと、書いていないこと

Anthropicが「When AI builds itself」という記事を公開した。AIがAI自身の開発をどれだけ肩代わりするようになったか、そしてその先にある再帰的自己改善(RSI: Recursive Self-Improvement)をどう見ているかを、社内データと外部ベンチマークで示したものだ。一般のニュースでも取り上げられ、それなりに話題になっている。

ただ、原文をきちんと読んだ人は多くないと思う。といっても、分量はせいぜい30ページほどで、日本語に訳せば10分もあれば読める。特別に長いわけではない。それでも英語ということもあって、読まないままの人は多いし、読み始めても途中でやめてしまうことは多いのではないか。だから見出しやニュースの又聞きで、なんとなく「AnthropicがAIによる自己改善はもう始まっていると言った」くらいの解釈が広まっている。実際の原文はもっと慎重で、留保も多い。

それに、いちど通して読んだとしても、しばらく経つと何が書いてあったかは案外あやふやになる。私もそうだ。だから、すでに読んだ人にとっても、要点を索引のように引き直せる要約があると役に立つと思う。

そこで、想定される質問に原文ベースで答える非公式FAQを用意した。私が自分用に整理したものだが、他の人にも役立つかもしれないので公開する。Anthropicの公式見解ではない。原文はこちらにある。

それでもやっぱり読んでいられないという人は、後述するように今回はNotebookLMを使ったので、それが生成したスライドを眺めるだけでもいいと思う。

最後の砦として

少し個人的な話をすると、私はこれまで、AIには作れない・作らせてはいけないものとして、OSとコンパイラ、そしてAI自身を挙げてきた。いろいろな場で口にしてきた。だが、OSもコンパイラも、もうAIが書き始めている(AI時代、人間は非完全情報ゲームを担う - Nothing ventured, nothing gained.)。最後の砦だと思っていたAIづくりでさえ、各社が「AI開発にAIを使っている」と言い出した。私の見立てはことごとく外れた。

ただ、AIにAIを作らせてはいけないと言ったとき、私が気にしていたのは主に倫理と安全の面だった。その点で、フロンティアの先頭集団のなかでも安全性を比較的前面に出してきたAnthropic自身が、加速の現実を示しながら同じ懸念を正面から提起した。少なくとも私はそう読んだ。アクセルを踏みつつ、危険の所在を言葉にしている。ブレーキを踏んだわけではない。そこを取り違えないために、このFAQを作ったとも言える。

このFAQで気をつけたこと

このFAQで一番気をつけたのは、Anthropicが言っていないことを言ったことにしない、という点だ。

RSIについて聞きたいことはたくさんある。いつRSIが来るのか、止められるのか、人間の仕事はどうなるのか。だが原文を読むと、その手の問いの多くに、Anthropicは答えていない。だからこのFAQでは、聞きたいけど、原文に書かれていない問いには素直に「書かれていません」と答えることにした。

そのため、「書かれていません」が並ぶのは手抜きではない。むしろこれが原文の輪郭をはっきりさせる。Anthropicがどこまで踏み込み、どこから先を語らなかったのか。その境界線こそ、又聞きでは伝わらない部分だと思う。

回答づくりにはGoogle NotebookLMを使った。記事そのものをソースに与え、そこから答えさせることで、原文にない情報が紛れ込むリスクをできるだけ抑えている。100%の確認は不可能だったが、自分自身で一次情報としての記事のどこにその記述があるか確認することもしてある。このとき使ったノートブックは公開しているので、自由に使ってほしい。同じ原文に、自分の問いをぶつけてみるのもいいと思う。とはいえ、私の整理ミスや読み違いが残っている可能性はある。間違いに気づいたら指摘してほしい。

以下で単に「記事」と書いたときは、Anthropicのこの記事を指す。また、ここに挙げた数値や固有名詞は2026年5月時点の原文に基づく。気になった答えがあれば、必ず原文の該当箇所を確認してほしい。

基本的な理解

「When AI builds itself」とは何か
Anthropicが発表した、再帰的自己改善(RSI)に向けた進捗とその影響について論じた記事のタイトルだ。AI開発のプロセスにおいてAIシステム自身が担う割合が増加し、それが開発を加速させている現状を説明している。
Recursive Self-Improvement(RSI: 再帰的自己改善)とは具体的にどのような状態か
AIシステムが、自身の後継システムを完全に自律的に設計・開発できる状態を指す。
AnthropicはすでにRSIに到達したと主張しているか
いいえ。まだ到達しておらず、RSIの実現が不可避であるとも限らないと述べている。
この記事の主な目的は何か
外部ベンチマークやAnthropic内部のデータを公開し、AIがAI開発を加速させている現状を示すこと。そして、将来的なRSIの到達による大きな恩恵と制御喪失のリスクを提示し、社会が協調的に備えるための枠組みや対話の必要性を提起することだと考えられる。
記事で示されているタイムラインの全体像
以下の段階が示されている。
  • 2021〜2023年: 人間がラップトップでコードを書く初期のClaude開発
  • 2023〜2025年: 短いコードの生成などにチャットボットを活用
  • 2025〜2026年: コーディングエージェントがファイル全体を自律的に作成・編集
  • 現在(Today): 自律エージェントがコードを実行し、何時間もの作業を他のエージェントに委任
  • 20XX年?: エージェントが自身でモデルを構築・訓練し、Claudeが自身を継続的に改善する「ループを閉じる」状態

社内データと生産性向上

Claudeは現在Anthropicのコードの何%を書いているか
2026年5月現在、Anthropicのコードベースにマージされるコードの80%以上がClaudeによって書かれている(リーダーシップの推定では、スクリプトなどを含め90%以上とも言われている)。
エンジニア1人あたりのコードマージ量はどれだけ増加したか
2026年第2四半期において、典型的なエンジニアは1日あたり2024年の8倍のコードをマージしている。
ライン数以外の生産性指標はどのように評価されているか
従業員へのアンケートによる主観的なアウトプット倍率の評価や、バグ修正など特定のタスクにかかる時間の短縮(例: 人間なら4年かかる作業を数日で完了)によって評価されている。
社員の自己申告による生産性向上倍率はどの程度か
2026年3月の社内アンケート(130名対象)では、AI(Mythos Preview)を使わなかった場合と比較して、中央値で約4倍のアウトプットを生み出していると見積もられている。
Claudeが実験最適化で示した高速化倍率の具体例は
小さなAIモデルを訓練するコードを高速化する最適化タスクにおいて、2025年5月のClaude Opus 4は約3倍のスピードアップだったが、2026年4月のClaude Mythos Previewは約52倍のスピードアップを達成した。
Claudeが書いたコードの質(可読性・保守性・バグ率)は人間と比べてどうか
正しく動作するという点では大きく向上している。可読性や、他者が理解し構築できるかという品質面では、2025年後半は人間より劣っていたが、現在は人間とほぼ同等にまで追いつき、1年以内には人間を上回ると予想されている。
Claudeが単独で長時間連続作業した実例
AI安全性のオープンエンドな研究において、Claudeのエージェントが自ら仮説を提案し、テストし、他の並列エージェントと結果を共有しながら反復する作業を、約800時間かけて自律的に実行した例がある。
APIエラー修正やインシデント対応でClaudeが処理した量
2026年4月にClaudeは800以上の修正を実施し、あるAPIエラーを1000分の1に激減させた。また、トレーニングジョブのクラッシュ調査において、人間なら2〜3日かかる原因特定と修正を約2時間で完了させている。
エンジニアの生産性が急増した結果、社内の「プロダクトマネジメント(仕様策定)」や「QA(品質保証)」のプロセスはどう変化したか
QAについては、提案されたすべてのコード変更が自動化されたClaudeレビュアーによって読み込まれ、バグやセキュリティの欠陥をマージ前にチェックするようになり、過去のインシデント原因の約3分の1を事前に捕捉できることがわかっている。プロダクトマネジメント(仕様策定)の具体的なプロセスの変化については、書かれていない。

外部ベンチマークと能力トレンド

AIが信頼して完了できるタスク持続時間はどのように変化しているか
以前は7か月ごとにタスク持続時間が2倍になっていたが、現在は約4か月ごとに2倍になるペースに加速している。
SWE-benchやCORE-Benchなどのベンチマークで最近の進捗はどうか
ソフトウェアエンジニアリングを評価するSWE-benchでは、2年間で1桁台のスコアからベンチマークを飽和させるまでに向上した。研究結果を再現するCORE-Benchでも、2024年の成功率20%から15か月後には飽和状態に達した。
長時間タスク(12時間以上)の成功率はどの程度向上しているか
成功率の具体的な数値(%向上など)は書かれていないが、Claude Opus 4.6が12時間のタスクを処理できるようになり、Mythos Previewは少なくとも16時間機能し続けられるとMETRによって測定されている。
研究ループ全体でのAIの貢献度はどのくらいか
目標設定が明確な実験の実行・最適化においては、人間と同等かそれを上回る貢献をしているが、目標自体を選択する判断力においては依然として人間に劣っている。

RSIへの道筋と現在の役割分担

現在のAI開発で、人間とClaudeの役割はどのように分担されているか
エンジニアリングでは、人間が目標を提供しClaudeが解決方法を見つけ出す。研究では、人間が方向性や実験を定め、Claudeがその実験の実行や最適化を担当している。
「AIの提案を人間がレビューする」段階から「AIが自律駆動し、人間が例外処理のみを行う」段階への転換点はどこにあるか
書かれていない。
RSI到達までの最大のボトルネックは何だとAnthropicは考えているか
どの問題が重要かを選び、どの結果を信頼するかを判断する「研究のセンスと判断力(research taste and judgment)」だ。
目標設定・判断・評価の部分でAIはまだ人間に劣っているか
はい。エンジニアリングと研究の双方において、目標を選択し判断する能力には依然として大きなギャップが存在する。
RSIは段階的に進むのか、それともある時点で急激に起こるのか
RSIへの明確なプロセスについては断定されていないが、これまでのAIの進歩の多くは漸進的(スケールアップし、壊れた箇所を修正して再試行する)であり、Claudeはこの漸進的なワークフローに優れていると述べられている。
Auto-researchやscaffoldingの延長線上にRSIはあるのか
書かれていない。

技術的・運用的な詳細とコスト

Claudeによるコードレビューの有効性はどの程度か
過去のインシデントにつながったバグのうち、約3分の1を本番環境へマージされる前に自動レビューで捕捉できたことが事後分析で確認されている。
Mythos Previewなどの最新モデルが記事のデータにどのように使われているか
自己申告による約4倍の生産性向上の実感、実験コードの約52倍の高速化、また研究セッションにおいて、人間が間違えた場面で64%の確率で人間よりも良い次のステップを提案したテストなどのデータに用いられている。
異なるモデル間の協調(multi-agent)でRSIは加速するか
書かれていない。
コンピュート量が十分にあればRSIは必ず実現するか
十分なコンピュートがあり、現在のトレンドが進めばRSIに到達する可能性は示唆されているが、RSIは不可避(inevitable)であるとは限らないと明記されている。
Claudeが自律的に実験やコード修正を行う際、消費される計算資源(コンピュートコスト)のROI(投資対効果)はどのように評価されているか
書かれていない。
RSIにおける主たるボトルネックは、アルゴリズムの改善(ソフトウェア)か、それとも物理的なデータセンターや電力(ハードウェア)か
現時点ではモデルの能力(判断力など)が課題とされているが、進歩と普及における制約としては、チップ製造、送電網の拡張、帯域幅など、エネルギーとコンピュートのサプライチェーン(ハードウェア)がボトルネックになる可能性もあると述べられている。

データの信頼性と「自己言及」のリスク

社内データの信頼性はどのように保証されているか
書かれていない。
コード行数という指標の限界をどのように考えているか
コードの質ではなく量を測る不完全な尺度であるため、コード行数の8倍という数値は、真の生産性向上を過大評価している可能性が高いと考えている。
データに選択的バイアスやsandbaggingの可能性はあるか
アンケート回答者がバイアスを考慮していない可能性や、過大評価の傾向があることを注記している。また、モデルの判断力をテストしたデータは「人間が改善の余地を残した場面」を意図的に抽出しており、対等な比較ではないと明記されている。sandbaggingについての言及はない。
成功率グラフの解釈で注意すべき点は何か
成功の判定を「Claudeがジャッジしている」点、およびワークロードの変化が成功率の短期的な変動につながる可能性がある点だ。
外部検証は行われているのか、それとも社内データのみか
SWE-bench、CORE-Bench、METRの評価といった外部ベンチマークの結果と、社内データが併用されている。ただし、社内データ自体の外部検証の有無は書かれていない。
AIが自身の評価システム(ベンチマークやテスト)自体を書き換えてしまうリスクにどう対処するか
書かれていない。
人間が理解・検証できないレベルの高度なコードや研究成果を、AIはどのように正しく評価・監査するのか
書かれていない。
「見かけの生産性」は向上していても、システム全体のアーキテクチャがスパゲッティ化(複雑化)していくリスクは考慮されているか
書かれていない。
Claude自身が生成したコードや研究データが次のモデルの学習データに組み込まれることで、モデルの「近親交配(Model Collapse)」や能力の頭打ちは起きないのか
書かれていない。
社内ツールとしてのClaudeの最適化(過剰適合)が、一般公開される汎用モデルの性能に悪影響を与える可能性はないか
書かれていない。

タイムラインと将来予測

AnthropicはRSI到達までの具体的な年数を予測しているか
いいえ。「20XX?」としており、具体的な年数は予測していない。
最速でRSIが実現した場合、いつ頃になると考えられるか
書かれていない。
RSI到達後、人間の役割はどのように変化すると予測されるか
AI開発における人間の役割は大幅に縮小し、大部分の労力はAIシステムが運営する「仮想ラボ」に対する監視、検証、確認作業に移行すると予測されている。
完全自律的なAI研究チームが実現する可能性はどれくらいか
具体的な確率や数値での可能性は書かれていない。

リスクと安全(アライメント)に関する質問

RSIが進むことで生じる最大のリスクは何か
人間がAIシステムに対する制御を失うリスクが高まることだ。
人間の制御を失うリスクは具体的にどのように高まるのか
現在のモデルに存在する稀な不整合(アライメントの失敗)が、モデルが後継を構築するにつれて複利的に増大し、制御を失うまでより頻繁に発生し、かつ理解されないままになることで高まる。
RSI後の監視・セキュア化はどのように行うべきだと提案されているか
書かれていない。
悪用リスク(軍事・監視・影響工作など)についてはどのように考えられているか
人間には到底及ばない規模で、全人口の権威主義的な監視や、個人に合わせた情報操作(影響工作)など、有害な目的に転用される可能性があると懸念されている。
「安全性のための厳格なプロンプト/アライメント制御」と「RSIを加速させるための自由な自律試行」は、技術的にどのように両立させているか
書かれていない。

Pause(協調的減速)提案とゲーム理論

Anthropicが提案する「pauseオプション」とは具体的に何か
社会構造や安全性のアライメント研究がAI技術の進歩に追いつくための時間を確保するため、フロンティアAIの開発を一時的に減速させたり停止(pause)したりするための選択肢のことだ。
グローバルなpauseは現実的に可能だと考えているか
原理的には不可能ではないものの、核兵器などの既存の技術検証体制構築に数十年かかったことと比較して、AIは開発を隠蔽しやすく、単独で進めるインセンティブも巨大であるため、合意の検証は「はるかに困難(much more challenging)」であると考えている。
中国や他社が開発を止めない場合、どう対応するべきか
他社が検証可能な形で減速・停止するなら、自分たちも減速ないし一時停止すると見込んでいる。一方で、自社のみの一方的な停止は即座に可能だが得るものははるかに少なく、警戒心の薄いアクターを利するだけで全員を危険に晒しかねないとして、単独での停止には慎重な立場をとっている。
自社で加速を続けながらpauseを提案するのは矛盾ではないか
書かれていない。
pauseを準備するための具体的なステップは何か
信頼できる減速や一時停止を検証するためのシステム構築に向けた研究・行動を実施することと、今後数か月の間に政策立案者や研究者、他社などの関係者を交えた議論の場を組織し、その結果を発表することだ。
Anthropicが提案する「Pause」のトリガー(どのような状態になったら協調的減速を発動すべきか)の具体的な基準やしきい値は何か
書かれていない。
RSIによる圧倒的な先行優位性(Winner-take-all)が見えている中で、競合企業が「Pause」に合意するインセンティブをどう作り出すべきだと考えているか
書かれていない。

記事のタイミング・動機・他社比較

なぜこのタイミングで記事を公開したのか
書かれていない。
IPO申請時期と記事公開が重なった理由は何か
Anthropicは2026年6月1日にSECへIPOに向けたS-1(登録届出書)を機密提出しており(Anthropic公式)、記事公開と近い時期にあたる。ただし、両者の関係や公開タイミングの意図について、記事自体は何も述べていない。
この記事は能力アピールと安全アピールのどちらを主眼としているか
書かれていない。
Anthropicの安全方針の一貫性についてどう説明できるか
書かれていない。
この記事の内容は投資家向けのメッセージとして機能しているか
書かれていない。
競合他社が同様のデータを公開しない理由は何だと考えられるか
書かれていない。
この記事のアプローチは、OpenAIなどが提唱する「Q*/Strawberry」系のアプローチ(推論時の計算量拡大)と何が異なり、どちらがRSIへの近道だと考えているか
書かれていない。
他社(OpenAI、Googleなど)と比べてAnthropicの進捗位置はどこにあるか
書かれていない。

社会・経済・政策への影響

この進展は一般企業やスタートアップにどのような影響を与えるか
従業員1人1人がAIエージェントのピラミッドを利用できるようになるため、100人規模の企業が、1万人や10万人規模の組織の仕事をこなせるようになり、大幅な効率化・生産性の向上が見込まれている。
雇用や経済構造に与える影響についてはどう考えているか
知識労働や政府のサービスに革命を起こす一方で、人間の労働力が競争力を失った場合に経済がどのような姿になるかは予測が困難であると述べている。
政策立案者や一般市民が今後準備すべきことは何か
残された時間は限られているため、今後実施されるAI開発の調整や一時停止などの協調的手段に関する対話に、AI企業外部の人々も巻き込んで参加することが求められている。
オープンソースコミュニティへの影響はどのように予想されるか
書かれていない。

その他の疑問・ガバナンス

RSIは避けられないものか
いいえ。RSIは不可避なもの(inevitable)ではないと明言されている。
Anthropicは今後自社のRSI管理をどのように行う方針か
具体的な管理方針そのものは書かれていない(ただし、外部との協調的な一時停止に向けたシステム構築や対話を推進する方針は明記されている)。
完全RSI到達後の検証・安全確認の方法は確立されているか
確立されていない。また、どの進歩曲線上にいるのかを理解するために必要なツールを構築・統合・検証できない可能性があると懸念されている。
この記事を読んで一般人が理解すべき最も重要なポイントは何か
書かれていない。
RSIが進んだ世界で人間の創造性や価値はどのように残るか
書かれていない。
記事で示されたグラフや図の詳細な解説はあるか
ある。グラフ下部に「How to read this(見方)」として、セッション成功の定義(Claude審査員による判定であることなど)や、上限を示す実用ラインの基準についての解説が記載されている。
将来の更新記事やフォローアップは予定されているか
予定されている。今後数か月以内に政策立案者や研究者などとの対話を組織し、そこから得られた成果を発表(publish)する予定だ。
Anthropicの安全チームと開発チームの意見は一致しているか
書かれていない(なお、「Claudeが書くコードの品質」の評価についてはスタッフ間で完全なコンセンサスがないとの記載はある)。
RSI関連の内部ガバナンスや決定プロセスはどのように行われているか
書かれていない。
記事公開後の社内反応や変更点はあるか
書かれていない。

おわりに

並べてみると、答えられた問いと「書かれていません」の比率そのものが、Anthropicの記事の性格をよく表していると思う。Anthropicは、自分たちの足元で何が起きているか(社内のコードの大半をClaudeが書いている、といった事実)はかなり踏み込んで開示している。一方で、いつ、どうなる、誰が止めるのか、といった未来の話には、ほとんど踏み込んでいない。

最後にもう一点。この記事では、Anthropicを「安全性を比較的前面に出してきた」企業として書いた。ただ、その看板自体がいま揺らいでいる、という見方もある。責任あるスケーリング・ポリシーの改訂や、安全性チームの中核研究者の辞任など、コミットメントの後退と読める動きだ。私はそのあたりを別の連載で書いた。あわせて読むと、「アクセルを踏みつつ危険を言葉にしている」という今回の読みも、もう少し込み入った文脈の中に置けると思う。

FAQを作っておいてなんだが、最後はやはり原文を読んでほしい。要約や又聞きで流れてくる「AIが自分を作り始めた」という話と、実際にAnthropicが書いた慎重な記事との間には、けっこうな距離がある。その距離を自分の目で確かめる価値はある。

プロダクト倫理

グレース・ホッパーならどう言うだろう ─ COBOLの歴史から見る、民主化された後に残る仕事

COBOLの母と呼ばれるグレース・ホッパーが、いま生きていたら、何と言うだろう。

生成AIに曖昧な指示を投げれば、それらしく動くコードが返ってくる。いわゆるバイブコーディング、あるいはエージェンティックコーディングの様子を眺めていると、ふと、そんなことを考えてしまう。というのも、これがまさに、彼女が60年以上前に望んでいたことなのではないか、と思うからだ。

COBOLという最初の民主化

なぜそう思うのか。それを説明するには、時計を1950年代まで巻き戻す必要がある。

当時のコンピューターは、部屋を丸ごと占有するほど巨大で、しかも非常に高価だった。持てるのは軍や政府、ごく一部の大企業だけ。軍は弾道計算に、政府は国勢調査の集計に、そして企業も給与計算や在庫管理にと、この巨大な機械を使い始めていた。ただし、どの会社でも、というわけではない。プログラムを書けるのは、数学と電気工学を修めた一握りの専門家だけ。当時のプログラミングは、機械語やアセンブリ、つまりメモリの番地やレジスタを一つずつ指定して、コンピューターに直接命令する作業で、そういう書き手を抱えられる組織しか、機械の恩恵にあずかれなかった。会計や給与の担当者が、自分の手で、とはいかない。需要は膨らむのに、書ける人間が足りない。それが当時のボトルネックだった。

これを変えようとしたのが、のちに「COBOLの母」と呼ばれるホッパー*1である。それまでプログラミングとは、人間のやりたいことを、コンピューターに分かる数式や記号の列へと、人手で書き換える作業だった。いわば、人間の意図を機械の言葉に翻訳する仕事だ。彼女の発想はシンプルだった。その翻訳こそ、機械自身にやらせればいい。人間は、やりたいことを自分の言葉で書く。英語に近い言葉でコンピューターに指示を出せるようにして、専門家でなくてもプログラミングを扱えるよう、門戸を開こうとしたのだ。

自然言語でコンピューターに意図を伝える。彼女が60年以上前に目指したのは、つまり、いま私たちがAIにやらせていることそのものだった。こうして生まれた、英語をベースに事務処理を記述する言語の原型*2が、やがてCOBOLになる。

ここで起きたのは、確かに民主化だった。専門家にしか触れられなかった道具が、英語を読み書きできる人々へと開かれた。

少なくとも、そう見えた。

二つの反発

COBOLの民主化に対する反発には、性質の違う二つがあった。

一つは、事実に根ざした反発だ。手書きのアセンブリで機械を限界まで使い切っていた熟練の技術者たちにしてみれば、コンパイラの吐くコードは、自分たちの手書きより無駄が多く、遅い。これは言いがかりではなく、本当のことだった。1965年にハネウェルという計算機メーカーがまとめた社内報告書でさえ、熟練者の手書きのほうがコンパイラの出力より効率的だと認めている。ただし同じ報告書は、こうも問い返している。では、それほど腕の立つ書き手が、現場に何人いるのか、と*3

もう一つは、やや感情的な反発だ。英語もどきの言語など本物のプログラミングではない、という考え。機械の言葉への翻訳は、長い年月をかけた者だけが担える難しい技で、その自負は、いつしか選民意識のようなものになっていたとも言えよう。自分たちの聖域が、あっさり開け放たれていく。面白いはずがない。

実を言うと、私自身にも、この感覚に覚えがある。私はCOBOLでプログラミングをしたことがない。学生時代は科学技術計算をやっていて、IPAの情報処理技術者試験(今とは全然違う、シンプルな体系だった)でも、COBOLではなくFORTRANを選んだ口だ*4。その頃の私は、英語の文章のようなCOBOLの見た目を、どこかで「これはプログラミングっぽくないな」と見下していた。いま思えば、その「プログラミングっぽくなさ」こそ、ホッパーが狙ったものだった。少しプログラミングをかじっただけの私ですら、そう感じた。腕に覚えのある当時の熟練者なら、その反発はなおさら強かったはずだ。

この二つは、いまの生成AIをめぐる議論の中にも同じ匂いを感じる。一つ目のコード品質は、そのまま当てはまる。AIの吐くコードにはまだ穴が多く、「検証せずに任せるな」という指摘は、技術的にはたいてい正しい。検証していないコードが、いつか事故を起こす。これは本当のことだ。

二つ目のほうは、やや微妙で、否定されることも多いだろう。声に出して言うのが憚られる、センシティブなトピックだ。もちろん、生成AIに慎重な人がみな選民意識から反対しているわけではない。純粋に品質や安全性を心配している人のほうが、多数派だろう。でも、長い時間をかけて身につけたものが、こうもあっさり機械に肩代わりされていくのを、すんなり認めたくないという気持ちがまったくないかと問われると、ないとは言い切れないのではないか。そして、その手の感情は、技術的な正論にひっそりと紛れ込む。AIの課題を議論していたつもりが、いつのまにかAIのある未来そのものに後ろ向きになっている。自分自身では、そうならないように気をつけてはいるが、感情の問題なので、なかなか客観的には判断しづらい。私自身も、気を抜くとそうなりかねない。自戒を込めて書いている。

言語そのものの弱点

ここまでは、人々の反発の話だった。だが、COBOLが抱えていた問題は、それだけではない。言語そのもの、つまり手段の側にも、はっきりした弱点があった。

その代表が、再利用だ。「一度書いたものを使い回す」という発想を最初に形にしたのは、ほかならぬホッパーだった。彼女がCOBOLより前に作ったA-0という仕組みは、よく使う処理をテープに蓄え、必要なときに呼び出して組み合わせる、いまでいうライブラリの原型である。毎回ゼロから書くのではなく、出来合いの部品を組む。それまで何週間もかかった作業が、けた違いに速くなったという*5

COBOLもこの志を受け継ぎ、データの定義と処理のロジックを分けて書く構造を入れた。ところが、肝心なところが抜けていた。プログラムを部品に分けても、その部品どうしで値を受け渡す仕組みがなかったのだ。実際に文法を設計した中心メンバーの一人、ジーン・サメットは、後年これを委員会最大の失敗だったと振り返っている*6。値を渡せなければ、データはプログラム全体で共有するしかない。どの部品からでも自由に書き換えられる、巨大なグローバル変数の山だ。どこか一か所をいじると、まったく無関係なところが壊れる。部品に分けたつもりが、境界が境界として効いていない。便利なはずのCOBOLで作ったシステムが、巨大なスパゲッティへと化けていった技術的な理由の一つが、この「グローバル変数地獄」だ。この欠陥がきちんと直るのは、ずっとあと、1985年の大改訂(COBOL-85)を待つことになる。部品の内側に、外から勝手に触られない自分専用のデータを持てる*7ようになり、部品どうしで値を受け渡す道もついた。

もっとも、こうした弱点が、そのまま放置されたわけでもない。COBOLが各社に広まると、メーカーは自社の機械に都合よく独自の拡張を加えはじめ、同じCOBOLのはずが、互いに通じない「方言」へと枝分かれしかけた。ホッパーはこれを食い止めるため、規格を定め、その規格どおりに動くかをテストし、合格しないコンパイラは政府も買わない、という仕組みまで作りあげた。さらに、まだ誰も書いていなかった分厚い操作マニュアルも、自分の手で書いている*8。再利用、標準化、検証、ドキュメント。どれも派手さはないが、放っておけば壊れていくものを支えるための地道な規律だ。民主化された道具がいずれ負債に変わることを、彼女は誰よりもよく知っていた。

そして、この弱点は、いまのAIにそっくり当てはまる。AIがもっとも得意なのは、似たようなコードを、その都度すごい速さで作り出すことだ。同じような処理が必要になるたびに、似て非なるコードを、一から何度でも生成する。だが再利用は、その逆を行く。同じ処理なら、同じ部品を使い回す。二度と書かずに済むよう、共通する部分を一か所にくくり出してライブラリにまとめ、どこで切るかという境界を引く。いわば「何を書かないか」を決める仕事で、ここはこちらが指示しなければ、AIはまず手をつけない。そして、境界を引かないままAIにコードを吐かせ続けると、コードはどんどん絡まり合っていく。どこに触れれば何が壊れるのか、誰にも分からない塊。これは、さきほどのCOBOLのグローバル変数地獄と、同じ景色だ。

アスベスト化した負債

弱点を抱えたまま、それでもCOBOLは爆発的に広まった。便利なものは、とにかく大量に作られる。英語に近くてとっつきやすいぶん、専門の設計教育を受けていない人でも手を出せた。だから、業務アプリが次々に書かれていった。小さいうちはよかった。だが、コードが数万行に膨れ、仕様書は失われ、書いた本人も引退し、やがて誰も全体像を把握できなくなる。

英語圏のメディアは、いまのCOBOLを「デジタル・アスベスト」と呼ぶことがある*9。かつてはどこにでも使われたのに、いまや安全に取り除くのが極めて難しい、という意味で、建材のアスベストになぞらえた言い方だ。日本でいえば、経済産業省が「2025年の崖」として警告してきたレガシー刷新の問題が、ほぼ同じことを指す。基幹システムの約6割が、稼働から21年以上を経た老朽システムになると見積もられていた*10

安く便利に大量導入され、負債となり、撤去は難しく、後始末をする人が割を食う。導入された当時は未来を予測できていなかったというのも同じだ。アスベストの構図そのままだ。ここまでは、よくある「歴史は繰り返す」という話でもある。だが、本当に考えたいのは、この先だ。

ねじれ

アスベストには、それを建材として使う工事と、あとから取り除く工事がある。両者はまったく別の仕事だ。使って固めるのは簡単で安い。だが、あとから安全に取り除くのは、難しく、費用もかかる。だからこそ、負債になる。

ところが、いまそこに、新しい撤去の担い手が現れた。AIだ。古いコードを読み解き、別の言語へ作り直す。実際、2026年2月にAnthropicがClaudeでCOBOLを解析・変換できると発表しただけで、IBMの株価が一日で約13%も下落する一幕もあった*11。市場が一瞬、「AIがCOBOL問題を解決した」と早合点したわけだ。

IBMの株価急落

いまあるCOBOLは、人間が何十年も前に書いたものだ。だが、これから書くコードなら、作るのもAI、直すのもAIになる。アスベストと違って、持ち込む側と片づける側が、同じ道具になるわけだ。だとすれば、もう負債は怖くない。作ったそばから片づけられるのだから。そう言いたくなる。

だが、そう簡単ではない。

試しにAIへ「このCOBOLを別の言語に変換してほしい」とそのまま頼むと、たいていうまくいかない。これはAIに始まった話ではなく、行単位で機械的にJavaへ置き換える変換ツールは昔からあって、その失敗には名前までついている。「JOBOL」だ。見た目はJavaなのに、中身はCOBOLの構造を引きずったまま。結局それを保守できるのは元のCOBOL技術者だけ、という本末転倒があちこちで報告されている*12。新しい言語に引っ越したつもりが、古い家から家具を丸ごと運び込んでしまう。

なぜそうなるのか。古いコードは、単体では動いていないからだ。画面制御やデータベース、夜間バッチが複雑に絡み、断片だけ直しても全体は動かない。同じメモリ領域を複数の意味で使い回すようなCOBOL特有のデータの持ち方は、現代の言語にそのまま移せず、移すにはそのデータが何を表すのかを人間が分かっていないといけない。おまけに、企業の基幹コードは社外に出ない資産だから、世の中のAIはその方言や社内の慣習を学んでおらず、知らないところをそれらしく埋めてしまう。

ここで念を押しておきたいのは、これが、AIが賢くなれば消える種類の問題ではない、ということだ。あるデータが業務上なにを表すのか、なぜこの順で動かしているのか。その答えは、そもそもコードのなかに書かれていない。当時の担当者の頭のなかか、とうに失われた仕様書のなかにしかない。書かれていないものは、どれだけAIが賢くなっても、読み取りようがないのだ。

では、どう進めればいいのか。実際、うまくいっている移行は、手順がだいたい決まっている。まず、もとのコードを解析して、それが何をしているかを洗い出す。次に、その振る舞いを守るためのテストを用意して、「これさえ通れば正しい」という基準を固める。そのうえで、AIに少しずつ書き換えさせ、テストを通るかを確かめながら、一区画ずつ置き換えていく。

この手順を眺めると、あることに気づく。AIが受け持つのは、最後の「書き換え」のところだけだ。その前の、何をしているのかを突き止め、隠れた依存をほどき、データの意味を確定させ、新しい構造を決める、といういちばん難しいところは、ぜんぶ人間がやっている。つまり、古いコードを別の言語へ作り直す作業の正体は、ほとんど設計のやり直しなのだ。設計と判断は人間、書き換えの手数はAI。この核心は、AIには丸投げできない。

だから「AIなら直せる」という言い方は、半分しか当たっていない。たしかに、書き換えの速さはAIのものだ。だが、何をどう直すかを決め、正しさを見張るのは人間で、そここそが設計の本体なのだ。丸投げが失敗するのは、AIの力不足ではなく、その設計を省いてしまうからだ。

しかも、これは古いCOBOLにかぎった話ではない。AIがすごい速さで書いていく新しいコードも、設計を抜きにして積み上げれば、やがて誰も全体をつかめない塊になる。作るのがAIで、直すのもAIだとしても、その「直す」に設計が要る以上、AIが書いたコードだって、放っておけば現代版のレガシーになりうる。「作ったそばから片づけられるから、負債は怖くない」という、さっきの期待。それは幻想の可能性が高い。

民主化が移すもの

ここまでは、道具やコードの話をしてきた。最後に、人の話をしたい。COBOLからいまのAIまで眺めてきて、改めて思うことがある。民主化が進んでも、専門性そのものは消えてなくならない。ただ、それを必要とする場所が、移っていくだけだ。

COBOLを思い出してほしい。英語で書けるようになっても、結局、現場の事務担当者が自分でシステムを作るようにはならなかった。仕事はむしろ、二つの層に分かれていった。一つは、込み入ったCOBOLのコードを書きこなす、専門の技術者の層*13。もう一つは、システムを全体としてどう作るかを決める、アナリストと呼ばれる設計側の層だ。プログラミングが易しくなったはずなのに、専門性は消えるどころか、一段上へとせり上がった。

同じことが、いま自分の身にも起きている。AIが日々のコードを引き受けるぶん、人間に回ってくるのは、何を作るかを決め、出てきたものを検証し、全体の整合を設計する役割だ。かつてのアナリスト、いまで言えばアーキテクトや検証者にあたる。「これからはコーダーよりアーキテクトだ」という話は、すでに多くの人が語っているし、この、プログラミングの重心がコードを書くことから設計・意図の定義へ移っていく、という話は、私自身、以前のブログ記事「Programming is Dead. Long Live Programming ー プログラミングは死なず。ただ老兵は去るのみ - Nothing ventured, nothing gained.」でも書いた。半ば定説になりつつあるのは承知のうえで、それでも書いておきたい。60年前にCOBOLが起こした職種の再編と、ほとんど同じことが、いままさに私たちのキャリアのなかで進んでいると言える。

ただ、一つだけ、引っかかることがある。その設計の力は、たいてい、自分で書いてはバグにやられ、なんとか抜け出す、その繰り返しのなかで身についてきた。だとすれば、その入口をAIが先に引き受けてしまったとき、次の世代の設計者は、どこで育つのだろう。

ホッパーならどう言うだろう

冒頭で、ホッパーの話をした。もし彼女がいまの光景を見たら、何と言うだろう。

彼女が夢見たかたちの民主化は、振り返れば半分しか実現しなかった。英語で書けるようにしても新しい専門家が必要になり、コードの多くは、彼女の死後、誰も触れない負債へと変わっていった。だが彼女は、その不完全さを誰よりも近くで見て、嘆く代わりに手を動かした人だ。さきに書いた標準化や検証、ドキュメント、そして再利用は、いま振り返れば、生成AIの時代にこそ効いてくる規律ばかりだった。

その彼女が、生前くり返した言葉がある。「言葉のなかでもっとも危険なのは、『これまでずっと、このやり方でやってきた』だ」*14

だから、彼女ならきっと、いまのAIを誰よりも面白がって使い倒すだろう。古いやり方にしがみつくな、新しい道具を恐れるな、と。

ただ、彼女のことだから、こうも付け加える気がする。新しい道具に飛びつくことと、それを支える規律を引き受けること──その両方を、私はずっとやってきた、と。民主化されたあとに残る仕事とは、たぶん、そういうことだ。彼女が60年前にやっていたことを、こんどは私たちが、自分の番として引き受けることになるのだろう。

*1:「COBOLの母」と呼ばれるが、実際の文法を設計したのはホッパー本人ではない。軍と民間メーカーから集まったCODASYL短期委員会である(中心は6名、その中で中心的だったのがジーン・サメットだ。)。サメット自身、ホッパーはCOBOLの「母でも創造者でも開発者でもない」と述べている。とはいえ、ホッパーの思想と前身のFLOW-MATICがなければ言語は生まれなかった。

*2:ホッパーが英語ベースの事務処理言語の原型としたFLOW-MATIC(当初はB-0)は、1955年ごろに着手され、1950年代後半に完成したとされる。完成年は資料により幅があるため、単年での断定は避ける。

*3:1965年のハネウェルの社内報告書は、熟練アセンブリ技術者の書くコードのほうが当時のCOBOLコンパイラの出力より効率的だと認めつつ、そうした技術者を現場で確保できるのかを問い返している。

*4:私が受けた頃の情報処理技術者試験では、プログラミング言語をFORTRAN、COBOL、CASL(教育用の仮想計算機COMET向けのアセンブリ言語)の三つから選べた。CASLは実機ではなく試験用の仮想マシン向けで、そのままでは実務に使えない。私は研究で使っていたFORTRANを選んだ。

*5:ホッパーが1951〜52年にUNIVAC I向けに作ったA-0は、しばしば「世界初のコンパイラ」と呼ばれる(この称号には異説もある)。よく使う処理を「サブルーチン」としてテープに蓄え、呼び出し番号で取り出して組み合わせる仕組みで、コードを書き写さずに再利用する最初期の実装だった。

*6:初期COBOLには手続き間でパラメータを受け渡す方法がなく、サメットはこれを委員会の最大の誤りと評した。データへのアクセスを制限する仕組みもなく、事実上すべての手続きがグローバル変数を介してデータを読み書きした。

*7:ローカルなデータを持てる入れ子サブプログラムが導入され、この欠陥が解消された。

*8:ホッパーは1967〜77年に海軍プログラミング言語グループのディレクターとして、COBOLの標準化と、コンパイラが規格に適合しているかを検証するソフトウェアの整備を主導した。これによりメーカーごとの独自拡張(方言)の乱立は標準へ収束した。初期にはMark I用に詳細な操作マニュアルを自ら執筆するなど、ドキュメント文化の確立にも力を注いでいる。

*9:「デジタル・アスベスト(digital asbestos)」は英語圏メディアの言い回しだ。たとえば Wired の特集(2026年)が「かつて遍在し、いまや除去が極めて困難」という意味で用いている。日本語で定着した呼称ではない点には留保が必要。

*10:「2025年の崖」は経済産業省「DXレポート」(2018年9月)で言及されている。同レポートは、2025年に基幹システムの約6割が稼働から21年以上の老朽システムになると見積もった。普及率の数字は出典によって異なるが、世界の金融取引のかなりの部分がいまもCOBOLの上で動いているのは多くのレポートでも指摘されている

*11:2026年2月、AnthropicがClaudeでCOBOLコードを解析・変換できると発表した直後、IBM株が約13%下落した(2000年以来の下げ幅、月間では約27%下落)。

*12:「JOBOL」はJavaとCOBOLを掛けた蔑称で、COBOLを行単位でJavaに機械変換した結果、Javaの文法をまといながらCOBOLの手続き的構造をそのまま残してしまったコードを指す。オブジェクト指向の利点は得られず、保守には結局COBOLの知識が要るため「本末転倒」と評されている。

*13:COBOLは英語に近い構文を持ったが、コンパイラを動かすための厳密な形式は依然として要求した。結果として非専門家が自分でシステムを作ることはなく、冗長なコードを専門に扱う書き手の層が生まれた。

*14:ホッパーが好んで用いたとされる警句。「The most dangerous phrase in the language is, 'We've always done it this way.'」。変化を拒む組織の慣性を戒める文脈でくり返し語った

PayPalマフィアは、実際に何をやったのか

この業界(どの業界なのかはともかく)にいて「PayPalマフィア」という言葉を聞いたことがない人は少ないのではないか。

私が初めて聞いたのはいつだろう。思い出せないが、かなり前だったのは間違いない。

でも告白すると、初期のPayPalで彼らが実際に何をやったのかを、長いことまったく説明できなかった。名前だけが妙に有名だった。

テスラとスペースXのイーロン・マスク、LinkedInのリード・ホフマン、YouTubeのチャド・ハーリー。元をたどると、みんなPayPalにいた人たちだ。並べてみると、そんなにいるのか、と改めて驚く。今でこそそれぞれ巨大な存在で、マスクやティールにいたっては名前を見ない日がないくらいだ。ただ、今やりたいのは「現在」の話ではない。彼らがまだ無名だった頃、一つの決済スタートアップで何をやって生き延びたのか。そこが知りたい。なので、ちょっと前に調べてみた。

具体的にたどってみると、やっていたのは現金のばらまき、偽の需要の演出、他社への寄生……と、なかなかエグい手の連続だった。その一部は、拙著「プロダクト倫理」でも紹介している。

そのエグさ自体は、正直に言えば意外ではない。意外だったのはむしろ、その一つひとつが、今の自分たちのプロダクトの作り方にまで影響を与えていることのほうだった。良くも悪くも、彼らが当時やったことは、今のプロダクト開発にそのまま生きている。

PayPalには二つの源流がある

PayPalが、もともと別々の二社が合併してできた会社だということは、よく知られているだろう。ピーター・ティールたちが作ったConfinityと、イーロン・マスクが作ったX.com*1が、2000年に一つになった、という話だ。今をときめく(色んな意味で)この二人が、もともとは別会社のライバルで、現金をばらまいてユーザーを奪い合ううちに、どちらも資金が尽きかけ、共倒れを避けるように合併した——という経緯は、それだけでも面白い。その「現金のばらまき」が何だったのかは、すぐあとで見ていく。

知らなかったのは、それより1レイヤ深い部分だ。ティール側のConfinity、つまり合併前の片方の会社の中だけでも、出自の違う二つのグループが混ざっていた。一つはスタンフォード系で、ティールと、彼が学生時代に作った学生新聞「The Stanford Review」の周りに集まった人脈。のちにLinkedInを立ち上げるリード・ホフマンも、もとをたどればこちら側だ。もう一つはイリノイ大学(UIUC)の技術者グループで、ここにマックス・レヴチンやルーク・ノセックがいる。ウクライナからの移民で、不正対策にめっぽう強かったレヴチンが、やがて技術側の中心になっていく。スタンフォードの起業家気質と、UIUCの泥臭い技術者気質。毛色の違う二つが、合併する前から一つの会社の中で同居していた。

人を数え上げるときりがないので、この記事では、初期PayPalを実際に生き延びさせた実務家に絞りたい。特に注目したいのは、いま名前を出したレヴチンだ。

マックス・レヴチン - Wikipedia

彼らが初期にやったこと

良いプロダクトを作れば売れる、というほど世の中は甘くない。そんなことは百も承知、という声が聞こえてきそうだ。ただ、彼らは「良いものを作ったのに売れない」状態から一気に成長へ駆け上がったのだから、その秘訣は知っておいて損はない。

そもそも初期のPayPalが売りにしていたのは、「メールアドレスさえあれば、誰にでもお金を送れる」という機能だった(オンライン決済のイメージが強い今のPayPalとは、少し印象が違うかもしれない)。しかも、この機能自体、最初から狙っていたわけではないらしい。初期の構想は携帯端末どうしの送金で、それを「でも相手が端末を持っていなかったら?」と問い直したのがホフマンだった、とされる。端末を介さずメールで送れるようにした瞬間、このプロダクトは爆発的に広がる余地を得た。良いものはできた。ただ、問題は誰にも知られていないことだった。

彼らがまずやったのは、現金のばらまきだった。新しく登録した人に現金を配り、その人が友人を紹介すると、紹介した側にもまた現金が入る。金額は一人あたり10ドルほど*2。今でいう友達紹介キャンペーンの始まりだ。

ただ、この施策の本当に巧いところは、配る金額の大きさではない。受け取り方のほうにある。配られた10ドルを実際に受け取るには、PayPalの口座を作り、自分の銀行口座と紐づけて、入った残高を引き出す——という一連の操作を、自分で一度やってみるしかない。タダで10ドルもらえると思って始めた人は、もらい終えたときには、PayPalでお金を受け取る手順を、ひととおり体験し終えている。広告で「便利ですよ」と説明する代わりに、便利さそのものを一回やらせてしまう。配った現金が、ユーザーにとって最初のプロダクト体験になっていた。

次の手は、もっときわどい。当時、個人間の決済がいちばん盛んだったのは、ネットオークションのeBayだった。そこでPayPalのチームは、ボットを放った。eBayの出品を機械で次々に巡回し、商品を落札したうえで、出品者に「支払いはPayPalでしたいのですが、使えますか?」と自動でメッセージを送る。落札できなくても、あらかじめ「PayPalは使えますか?」と問い合わせだけ送っておく。

出品者からすれば、見知らぬ買い手が次々と「PayPalで払いたい」と言ってくる。それなら登録しておくか、という気になる。だが、その買い手の多くは、PayPal自身が動かしているボットだった。実際にはまだ存在しない需要を、機械でそれらしく演出していたわけだ*3。こうしてeBayの出品者たちが、こぞってPayPalを入れていった。需要をでっち上げた、と言うと言い過ぎかもしれないが、ない需要をあるように見せたのは確かだ。

そしてもう一つが、寄生型の成長だ。PayPalは、出品者が自分のページに貼りつけるだけで使える、短いHTMLのコードを配った。ウェブの専門知識がなくても、指定された文字列を自分の出品ページにコピー&ペーストすれば、「PayPalで支払う」というボタンが表示される。買い手は、そのボタンを押すだけで支払いに進める。

このボタンの設計に関わったのが、当時PayPalのウェブデザイナーだったチャド・ハーリー——PayPalを離れたあとにYouTubeを立ち上げた人物だ(PayPalのロゴも彼のデザインだとされる)。このボタンのおかげで、eBayの何万という出品ページに、PayPalのロゴと「支払う」ボタンが、無料で次々に並んでいった。他人のプラットフォームの上に、自社の看板をタダで増やしていく。「まず道具として使ってもらい、そのままネットワークに囲い込む(come for the tool, stay for the network)」という、今ではすっかり定番になった型の、これが初期の実例だ。

この一連の手口は、私が拙著『プロダクト倫理』で「倫理的にグレーな成長施策」の例として取り上げたのも、ちょうどこのあたりだ。

だが、それだけではなかった

ただ、ばらまきと演出だけで、生き延びられたわけではない。むしろPayPalは、その後一度は会社が傾くところまで追い込まれている。

2000年から2001年にかけて、ドットコムバブルが崩壊した。新しい資金を集めるのが、いっぺんに難しくなる。そこへ、東欧やロシアのカード犯罪集団による詐欺被害が重なった。盗んだクレジットカードの番号でPayPalに決済をかけ、現金を抜いていく。一時は月に1,000万ドルを超える不正流出があったとされ*4、放っておけば会社が立ち行かないところまで膨らんだ。

これを技術で止めたのがレヴチンだった。彼が率いて作った不正検知の仕組みが「Igor」だ。名前は、当時の捜査線上に上がったロシア人詐欺師にちなんでいるそうだ。仕組みとしては、機械が怪しい取引を自動で拾い、最後は人間のオペレーターが判断する。この組み合わせで、不正を片端から止めていった。あわせて、登録時に歪んだ文字を読ませて相手が人間かボットかを見分ける仕組み(いまでいうCAPTCHAの、ごく初期に大きく普及した商用実装の一つ*5)や、相手の銀行口座に数セントだけ振り込んで「いくら入ったか」を当てさせる本人確認(マイクロデポジット)も導入した。今のネット金融サービスなら当たり前に見かけるこれらの仕組みを、早くから本格的に実戦投入した会社の一つが、この時期のPayPalだった。

ただ、このIgorには、後の話につながる影があった。誤検知だ。詐欺を取りこぼさないよう網を厳しくすれば、その分、なんの落ち度もない普通の利用者まで「怪しい」と判定してしまう。会社を救ったその仕組みは、同時に、無実の人の口座を一方的に凍結し、資金を止めてしまう仕組みでもあった。この副作用が、のちに大きな批判を呼ぶことになる。アカウントの凍結や停止をめぐる似たような話は、今のサービスでもよく聞く。

法律との付き合い方も強引だった。お金を預かって送る事業には、本来、アメリカでは州ごとに送金業のライセンスが要る。ところがPayPalは、それを取り切らないまま走り出し、まず利用者を一気に増やしてしまう。これだけの人が日常的に使っているものを、いまさら止められるのか——そういう既成事実を先に作ってから、後追いで各州のライセンスを取りにいった。ルールに先回りして許可をもらうのではなく、先に広げてしまって、ルールのほうを追いつかせる。この方針は、主にティールが引いたものだとされる。

この「先に広げて、規制をあとから追いつかせる」やり方も、実はPayPalだけの話ではない。拙著「プロダクト倫理」では、配車サービスのUberが各都市で同じことをした例を取り上げた。タクシーの規制が固まる前にドライバーと利用者を増やし、行政が止めようとする頃には、すでに多くの市民の足になっている。十年以上を隔てて、同じ型がくり返されている。

それは、今のあなたの作法でもある

ここまで読んで、「ひと昔前のスタートアップが、やんちゃをしていた頃の話」だと思ったかもしれない。だが、すでに気づいていると思うが、これは過去の話ではない。

現金を配る紹介プログラムを、うまく作り替えたのがDropboxだ。スタートアップ当時のDropboxには、PayPalのように現金をばらまく資金はなかった。そこで現金の代わりに配ったのが、自社サービスそのもの——クラウドの保存容量だった。友人を招待して、その人が使い始めると、招待した側にもされた側にも、無料の保存容量が上乗せされる。自分のサービスを配るのだから追加の出費はほとんどなく、しかも容量が増えれば増えるほど、ユーザーはDropboxを手放しにくくなる。創業者のドリュー・ヒューストン自身が、この仕組みをPayPalの紹介プログラムから着想したと認めている。

偽の需要を演出する手も、形を変えて受け継がれている。掲示板サイトのRedditは、立ち上げ当初、創業者たち自身が大量の偽アカウントを作って投稿し、いかにも賑わっているように見せた、と本人たちが語っている*6。誰もいない店には、誰も入りたがらない。だから、まず人がいるように見せる。eBayのボットと発想は同じだ。

他人のプラットフォームに寄生する型なら、Airbnbが初期にやったCraigslistへの相乗りが知られている。Airbnbに登録された宿を、当時もっと人が集まっていた別の掲示板Craigslistにも自動で投稿し、そちらから客を引っ張ってきた。これも相手の許可を取ったものではなく、当時から倫理的にも法的にもどうなのか、と指摘されていた。

こうした例は、ほかにも数えればきりがない。これらすべてが「PayPal発祥」だと言いたいわけではない。こうした手口が広く普及して、グロースハックの教科書に当たり前のように載るようになった、という認識だけは揃えておきたい。

これは、遠い昔の誰かの成功談ではない。今私やあなたが書いているコードや、今まさに組もうとしている施策の、作法そのものだ。紹介キャンペーンを設計するとき、競合のサービスに自社のリンクを撒くとき、まだ薄い需要を「人気がある」ように見せる演出を仕込むとき。私たちは知らないうちに、初期PayPalがやったことを、繰り返しているのだ。

影の話と、レヴチンのその後

ここまで、少し批判っぽく聞こえてしまったかもしれないが、そのつもりはない。彼らからすれば、現金のばらまきも需要の演出も、生き延びるために必死で考えた手段だった。それを非難などできない。PayPalによって得られた社会的価値は明らかに大きい。

ただ、当然ながら、割を食った側もいる。偽の需要で導入させられた出品者がいて、無断で相乗りされたサービスがあって、そしてIgorの誤検知で口座を凍結され、自分のお金を最大で半年近く引き出せなくなった人たちがいた。利息も払われないまま保留された資金が、会社の運転資金に回っていた、という批判もある。これは集団訴訟になり、2004年に約925万ドルで和解している。

ここで、最初に「この記事で注目するのはレヴチンだ」と書いたことに戻りたい。彼は現金ばらまきの主役でもなければ、eBayボットの主役でもない。それでも彼を背骨にしたのは、この話のいい部分と悪い部分を、いちばん一人で抱えているのが彼だからだ。会社を救ったIgorを作ったのはレヴチンで、そのIgorが無実の人の口座を凍結したのも、彼の仕組みだった。

そして面白いのは、その先だ。後年、レヴチンはAffirmという後払い決済サービス(BNPL)を立ち上げる。そこで彼が製品の核に据えたのは、「遅延手数料はゼロ、複利もとらない、買った時点で支払総額が確定する」という、とことん明朗な与信だった。延滞では稼がない、と言い切っている。人の口座を一方的に凍結する仕組みを作った人が、今度は隠しごとのない金融サービスを作ったわけだ。彼が改心したのかどうかも知らないし、改心していたとしても、それを美談にするつもりはない。後払いという業態そのものに「若い世代を借金漬けにする」という批判もある*7。それでも、グレーな領域を自分の手でくぐった人だからこそ、倫理を製品に組み込むことの重みを、人より知っているのかもしれないと思う。

で、結局なにが言いたいのかというと、「だから倫理が大事です」という単純な話ではない。もっと身も蓋もなくて、成長のための手法と、その倫理的な代償は、だいたいセットでついてくる、というだけのことだ。自分が今やっている施策にも、たぶん影の側はある。それを見ないふりをするか、理解した上でやるか。せめて、自分が何をやっているのかくらいは、わかっていたいと思う。

というようなことを、まるごと一冊かけて考えたのが、拙著「プロダクト倫理」だ。またまたまたまた宣伝で申し訳ない。

この記事で駆け足に紹介した話は、本のなかではもっと丁寧に、ほかの事例も交えて扱っている。この記事が面白いと思ったのならぜひ読んでほしい。倫理というと固そうだが、教科書的な説明は一切行っていない。読み物として読み進められるようにした。

最後に一つだけ。ここで名前を挙げた初期PayPalの人たちの何人かは、いま国家や社会を動かすくらいの場所にいる。ただ、動かせる力が大きくなるほど、(プロダクトに)倫理をどう埋め込むかという問いも、そのぶん重くなる。それくらいは、頭の隅に置いておいて欲しいと願う。


おまけ:PayPalマフィア人物名鑑

本文では人を広げないと書いたのに、調べているうちに自分用の一覧を作りたくなってしまった。せっかくなので置いておく。肩書きや活動は調べた時点のもので、ざっくりした備忘録くらいに思ってほしい。

氏名 PayPal での役割 PayPal 後の代表的な活動
ピーター・ティール 共同創業者・CEO(グループの「ドン」) Palantir 共同創業、Founders Fund、Facebook 初の外部投資家
イーロン・マスク 前身 X.com 創業者・買収時の筆頭株主 SpaceX、Tesla、Neuralink、xAI など
マックス・レヴチン 共同創業者・CTO(不正対策・技術の要) Slide(Google が買収)、Affirm 創業・CEO
デビッド・サックス COO(メール送金へのピボットを推進) Yammer 創業(Microsoft が買収)、Craft Ventures
リード・ホフマン 取締役・後に COO LinkedIn 共同創業、Greylock パートナー
キース・ラボア 事業開発・公共政策担当 EVP Square・Opendoor などの幹部、Founders Fund/Khosla
ケン・ハウリー 共同創業者・CFO Founders Fund 共同創業、元・駐スウェーデン/駐デンマーク大使
ルーロフ・ボサ 企業開発ディレクター・後に CFO Sequoia Capital グローバル・マネージングパートナー
ルーク・ノセック 共同創業者・マーケ/戦略 VP(リファラル考案) Founders Fund 共同創業、Gigafund
チャド・ハーリー ウェブデザイナー(HTML 支払いボタン等の設計) YouTube 共同創業・元 CEO
スティーブ・チェン ソフトウェアエンジニア YouTube 共同創業
ジョード・カリム ソフトウェアエンジニア YouTube 共同創業
ジェレミー・ストップルマン 技術担当 VP Yelp 共同創業・CEO
ラッセル・シモンズ シニアエンジニア Yelp 共同創業
ユ・パン 共同創業者・エンジニア(eBay 連携ツール) YouTube 初期メンバー
デイブ・マクルーア マーケティング・ディレクター 500 Global(旧 500 Startups)共同創業、エンジェル投資家
エリック・ジャクソン マーケティング担当 『The PayPal Wars』著者、CapLinked 共同創業

注:「PayPalマフィア」の範囲に厳密な定義はなく、2007年の『Fortune』のカバー写真に写った中核メンバーに、初期メンバーや周辺人物まで含めて二十数名とされる。上の表は知名度と記事との関連で抜粋したもの。

もっと読みたい人のために

takoratta.hatenablog.com

takoratta.hatenablog.com

*1:もちろん、Twitterの成れの果ての今のXとは別だ。

*2:リファラルの基準額。1999年末に一時20ドルまで上がった局面があるが、これはライバルのX.com(マスク)との消耗戦で吊り上がったもので、その後10ドル、5ドルと下げられ、最終的に一般向けは廃止された。紹介コストの総額は約6,000万ドルとも伝えられるが、財務開示で確認できる数字ではない。

*3:eBayでの決済シェアが稼働3か月ほどで33%に達したという記述もあるが、額面通りには受け取らないほうがいいかもしれない。

*4:損失率が一時、一般加盟店の十数倍に達したという記述もある。月1,000万ドルという数字もあくまでも「と言われている」レベルと受け取って欲しい。

*5:PayPalの実装は2001年。CAPTCHAの概念自体は1999年ごろにカーネギーメロン大学などで提案されており、「世界初の商用CAPTCHA」と断定はできない(ほかに先行例も指摘されている)。

*6:Redditの自作自演は、創業者のスティーブ・ハフマンとアレクシス・オハニアンによるものとされ、本人たちの複数の証言がある。ごく初期に限った話で、その後は実際の利用者で回るようになった。

*7:後払い利用者の約半数が、過剰利用・延滞・後悔のいずれかを経験しているという調査もある(米Bankrateの2024年調査では49%)。設計が透明であっても、後払いという仕組みが消費者の負債を増やしうる、という指摘は根強い。

AI時代、人間は非完全情報ゲームを担う

私が「AIには開発できない(だから引き続き人間が担うしかない)」と一年ほど前まで言い続けていたものがいくつかある。その代表がOSだ。自分がかつてOS開発に関わったから、という思い入れもある。だがそれを抜きにしても、OSがもっとも難易度の高いソフトウェアの一つだと言って、正面から反論する人は少ないだろう。優秀なエンジニアでなければ担当できない領域だ。AIがいくら優秀になっても、さらに進化を続けても、この複雑なソフトウェアだけはAIには作れない。そう考えていた。

OSと同じくらい難しいと思っていたものに、コンパイラがある。これもコンピューターサイエンスを修めた人間にしか書けず、AIには当面無理だろうと考えていた。

ところが、コンパイラは、もうAIが書けるようになっていた1。気づいたら、そうなっていた。そして今回のGoogle I/O 2026で、とうとうOSまでAIが書いてしまった。

まず、Google I/Oの基調講演で何が披露されたかを振り返ろう。 (またGoogle I/Oネタかと思われるかもしれないが、ご容赦願いたい)

12時間でOSを書いたデモ

基調講演でいちばん驚かされたのが、このデモだった。Antigravity 2.0 がGemini 3.5 Flashと組み、12時間でゼロからOSのコアを作り上げた、というのだ。基調講演ではその過程と結果が紹介された。驚いたのは私だけではないと思う。なにしろ私は昨年、あちこちで「AIにできないこともあるんですよ、たとえばOSの開発とか」と言っていたのだから。私はまた嘘つきになった。

数字も合わせて示された。動的に生成されるサブエージェントを93個、並列で走らせる。処理したトークンは26億に達し、それでいてAPIの費用は1,000ドルを下回ったという。圧巻は最後だった。組み上がったOSの上で『Doom』を起動しようとすると、キーボードが効かない。ドライバが欠けていたのだ。登壇者が「足りないドライバを書いてくれ」と指示すると、ほどなくドライバが書き上がり、ゲームはこともなげに動き出した。

舞台で見せる以上、リハーサル済みの仕込みではあるだろう。それでも、足りないものをその場で書かせて動かしてしまうのを見て、私は素直に驚いた。技術のデモというより、近い未来を表したSF的ショートムービーのようでもあった。

ただ、これは「完全なOS」ではなかった

落ち着いて調べてみると、これは本格的なOSと呼べるものには至っていない。あくまでコアのフレームワークであって、商用OSとの距離はまだ相当にある。Google自身も、言葉を選んで「教科書レベル」と表現していた2。学部の課題で作るトイOS3、というあたりが実像に近い。

それでも、ここから本格的なOSまで届く日は、そう遠くないだろうと個人的には見ている。一年でコンパイラからOSまで来たのだ。次の一年で何が起きるかを、私はもう言い切る自信がない。

では、なぜAIにOSが書けたのだろう。ここで1つの仮説にたどり着いた。

OSは完全情報ゲームだから書けるのではないか

OSがAIに書けたのは、OSが「完全情報ゲーム」に近いからではないか。

完全情報ゲームというのは、囲碁、将棋、チェス、オセロのような、盤面のすべてが両者に見えていて、隠された情報も運の要素もないゲームを指す。理屈の上では、先を読み切れば最善手が決まる。これに対して、ポーカーや麻雀、大富豪、じゃんけんのように、相手の手札が見えなかったり、全員が同時に動いたりするものは「非完全情報ゲーム」と呼ばれる4。こちらは、推測やブラフ、確率の管理が勝敗を分ける。

完全情報ゲーム 非完全情報ゲーム
情報の見え方 盤面のすべてが両者に見える。隠し情報も運の要素もない 相手の手札など一部が見えない。同時に動くこともある
勝ち方 先を読み切れば最善手が決まる 推測・ブラフ・確率の管理がものを言う
囲碁、将棋、チェス、オセロ ポーカー、麻雀、大富豪、じゃんけん

この2つを分ける境界線をソフトウェア開発に引いてみる。完全情報の側にあるのは、コンパイラやOSの中核のように、ルールや仕様がはっきりしていて、正解がほぼ定まっている領域だ。非完全情報の側にあるのは、ユーザーが次に何を求めるかを読んだり、まだ世にない製品が受け入れられるかを見極めたり、組織やチームをどう動かすかを決めたりといった、相手も状況も移ろう領域になる。ただし、OSを丸ごと完全情報の側に置けるわけではない。その中核は完全情報的だが、動的に制御する層は少し性質が違う。これは後半で改めて触れる。

AIが完全情報ゲームで人間を超えたのは、もはや歴史の話だ。古くは1997年、IBMのDeep Blueがチェスの世界王者を破った。2016年にはAlphaGoが囲碁のトッププロを破り、続くAlphaZeroは自己対戦だけで囲碁も将棋もチェスも超人の域に達した。盤面が全部見えていて、ルールが閉じている。そういう世界で、AIは強い。

なので、私はこう考えた。完全情報ゲームは、これからAIがやるようになる。一方、非完全情報ゲームのほうは、隠された情報を相手にする分、AIにはまだ無理だろう、と。

ところが、調べてみるとそうではなかった。ポーカーという非完全情報ゲームで、すでに2019年にAI(Pluribus)が6人のトッププロを相手に勝ち越していたのだ5。「不完全な情報を相手にする勝負ではまだ人間が上だ」という前提は、もう古かった。

ただし、ここにも一つ頭に入れておかなければいけないことがある。ポーカーは、隠れた情報こそあれ、ルール自体はきっちり閉じた非完全情報ゲームだ。一方、現実の人間を相手にする世界は、もっと開いている。ルールそのものが途中で書き換わるし、何が得点なのかさえ揺れる。

確立されたものを組み合わせて作るOSは、車輪の再発明

それでも、ある程度確立されたものを組み合わせて、用途に応じたOSを作り上げるのなら、それはやはり完全情報ゲームに近い。

ひとつ補っておく。AIが囲碁で強い理由(自己対戦を繰り返して最善手を探す)と、AIがOSを書ける理由(過去の実装を大量に組み合わせる)は、厳密には別のメカニズムだ。ただ、どちらも「ルールが閉じていて、正解が外にぶれない」という一点で通じている。だから同じ完全情報ゲームの比喩で扱える、と私は考えている。厳密な等号ではなく、あくまで見立てだ。

少し昔話をさせてほしい。私がマイクロソフトにいた頃、組み込み版のWindowsという製品(Windows Embedded)を担当していた。正直言うと、メインストリームではなく、傍流でマイナーな製品なので、担当になったときは少しがっかりした。

組み込み版と言うと、PDAやハンドヘルド機に載せる小型OSを想像されるかもしれないが、そうではない。ふだん私たちが使うPC用のWindowsを、特定用途向けに転用するためのプロダクトだ。

この製品が登場する前は、ライセンス的にはかなりグレーな形で、市販のWindowsを機器に組み込んでしまうことがあった。使われていたのは、スーパーやコンビニのPOS端末や、コピー・印刷・FAXをこなす複合機(MFP)などだ。私が担当していた2000年代前半には、たとえばPOSで、客側のディスプレイにCMのような映像を流すことが始まっていた。今ではどこでも見る風景だが、そこにWindowsのDirectXを使いたいという要求があった。そういう用途のために、Windowsを組み込みたいニーズがあったのだ。

組み込み版のWindowsは、私が担当していた当時では、Windows XPをベースに、OSを細かなコンポーネントに分割し、どれを使い、どれを使わないかを選んで組み込めるようにしたものだった。要するに、すでにあるOSの部品から必要なものを選んで組み合わせる作業だ。

ただ、これは見た目ほど単純ではない。コンポーネントには依存関係があり、あるDLLを持ってくれば動く、という話ではなく、必要な別の部品も芋づる式に付いてくる。そのうえ、基本のOS機能を並べるだけでは終わらず、さきほどのDirectXのような機器固有の機能を上に足し、限られたメモリやストレージといった組み込み特有の制約も満たさなければならない。当時の人間にとっては、なかなか骨の折れる仕事だった。

こう書くと高度な仕事に聞こえるし、実際それなりに頭は使った。当時の私も、これを「車輪の再発明」だなどとは思っていなかった。新しい製品を作っているつもりだった。だが、やっていることの芯は、すでにあるOSの部品を選び、並べ替えて、別の用途向けに組み直すことだ。同じパターンの繰り返しが、確かにある。今になって振り返れば、「車輪の再発明」と言われても仕方のない面はあった、とも見えてくる。

ここで一つ、念のために断っておきたい。これは、現場で日々新しいものを作っている開発者を否定する話ではない。一つひとつのプロダクトは、その現場の人間にとっては毎回が新規開発で、「車輪の再発明」などと言われたら腹も立つだろう。私自身、そう思っていなかった一人だ。だが、一歩引いた視座から眺める ― つまり、AIが訓練データで触れてきた量、これまで書かれたOSのソースコードや教科書、世に出た無数のOSSのほとんど、その側から眺める ― と、多くの新規開発は「どこかで見た何か」の組み合わせとして見えてくる。AIは、その「どこかで見た何か」を、人間が一生かけても読み切れない量で手元に持っている。だから、私たちが「新規開発」と呼んでいるものの相当な部分が、AIからは「既知の組み合わせ」に見えてしまう。

この視座の話は、Google I/Oの二日目に書いたエントリ「 アイデンティティシフトを生きる — Google I/O 2026 二日目に思ったこと - Nothing ventured, nothing gained. 」でも触れた。

新規のWebアプリも、スマホアプリの機能追加も、私たちはそのたびに「新しいもの」を作ってきたつもりだったが、もっと大きな視座で見れば、それらは既存領域の中の再発明だった、という話だ。今回の「AIがOSを書けた」も、その同じ話を別の角度から言い直しているにすぎない。

今回の基調講演で見たような、すでに動作実績のあるゲームを動かすためだけのOSは、視座を引いて見れば、車輪の再発明だ。だからAIが可能なのだ。

AI時代、人間はどこで働くか

では、完全情報ゲーム、つまり既知の組み合わせがAIの領分になるのなら、人間はどこへ行くのか。

ひとつは、非完全情報ゲームの側だ。ユーザーの行動を読み、UXを設計し、何に価値があるのかを決める仕事。ここはルールが閉じていない。何を得点とみなすかが、相手と時代によって動く。毎回毎回しつこく宣伝して申し訳ないが、私が書いた『プロダクト倫理』という本は、まさにこの領域 ― AIがKPIの最大化のために勝手にダークパターンを生み出さないよう、誰かがガードレールを引く仕事 ― を扱っている。

ここでOSの話に戻りたい。そもそも私がOSを完全情報ゲームに分類したのは、OSが人間と直接やりとりしないものだと見ていたからだ。WindowsやmacOSには、人間が直接触るUIの部分も多い。だが、そのUIをいったん脇に置くと、OSの本来の役割は、外部デバイスや別のソフトウェア(アプリケーションを含む)を動かすことにある。そこに人間はいない。相手は無機質なハードウェアやソフトウェアで、ルールどおりに動けばいい。盤面はすべて見えている、完全情報ゲームだと考えた。

ところが、その無機質なはずの相手も、動きが読めない。もちろん、その先には最終的に人間というユーザーがいるからだが、それを抜きにしても、デバイスやソフトウェアは互いの動作に影響を与え合う。あるプロセスの挙動が、別のプロセスの次の動きを変える。それぞれの部品が、たがいに反応しながら同時に動いている。

だから、OSの中にも非完全情報ゲーム的な層がある。スケジューラやメモリ管理は、次にどのプロセスが、いつ、どれだけのメモリを要求してくるかが見えない状態で判断を下している。盤面が全部は見えていない。だからこそ、メモリのページ置き換えならLRUやクロック、プロセスのスケジューリングならラウンドロビンや優先度方式といった、いくつものヒューリスティクスの中から、誰かが用途に合わせて選び、ときに新しく設計してきた。さきに予告したとおり、OSは完全情報ゲーム的な中核と、そうではない動的な層の二つからできている。その動的な層にこそ、人間の判断が残っている。

完全情報か非完全情報か、という二分法で人間とAIをきれいに分けられるわけではない。エージェンティックコーディングは、どちらの側にも入ってくる。ただし、その入り方が違う。完全情報の側では、AIが実装をまるごと引き受けられるようになっている。確定した最善手を、ほぼバグなく書ききってしまう。人間に残るのは、ルールとゴールを正しく定義することだ。非完全情報の側では、AIは確率的な候補を量産し、検証のループを回す。人間に残るのは、その中から何を採るかの意思決定と、AIが暴走しないための境界線を引くことだ。後者は、さきほどのダークパターンの話とそのままつながる。もっとも、OSのスケジューラのように技術寄りの非完全情報領域なら、最適なアルゴリズムを研究し、自分で書く仕事も、まだ人間の側に残っている。

開発の性質 AI(エージェント)の役割 人間に残る役割
完全情報的な開発(コンパイラ、物流のルート最適化、静的解析) 実装をまるごと代行する(確定した最善手をバグなく書く) 制約条件とゴールを定義する
非完全情報的な開発(アルゴ取引、セキュリティの異常検知、行動予測ベースのプロダクト) 確率的な候補を量産し、検証ループを回す 採否の意思決定と、倫理・境界線の管理

それでも、両方に共通して人間に残るものがある。正解のない場所で、何を作るべきかを決めることだ。新しい用途を切り拓く領域、まだ誰もやり方を持っていない領域だ。バイオや宇宙はわかりやすい領域だが、それだけではない。「青年は荒野を目指す」(古い例えでほんと恐縮だ)のように、フロンティアを目指すのだ。

視座が変わる時代に

一年前まで、私は「AIにOSは書けない」と言っていた。今は「すでにあるものを組み合わせる仕事なら、AIにできる」と言うようになった。一年でこれだけ変わるのだから、十年後にどうなっているかは、正直、私にはわからない。今回のこの整理も、来年には自分で訂正しているかもしれない。

今のところの予想はこうだ。完全情報ゲーム ― ルールが閉じていて、正解が定まっている領域 ― は、AIが得意とする。だから人間は、非完全情報ゲームの側、まだ正解のない領域に軸足を移していくといいのだろう。OSのように完全情報ゲームに見えるものの中にも、非完全情報的な層は残っている。そこも含めて、人間の出番がすぐになくなるわけではなさそうだ。

さて、来年(と言わず、今年の年末かもしれない)、このブログ記事を自分で読み直したときにどう思うだろうか。また前言撤回する事態になっていないことを祈ろう。


参考


  1. Anthropicが2026年初頭に公開した事例(Building a C compiler with a team of parallel Claudes)。16体のClaudeエージェントが、Rustで約10万行のCコンパイラをゼロから書き上げ、Linux 6.9をx86・ARM・RISC-Vでビルドできる水準に達した。ただしアセンブラとリンカは最後まで不安定で、デモではGCCのものを使っている。AIが書けるのはまだ「コンパイラ」までで、その先は人手が要るのが現状だ。
  2. Google公式ブログ(Google Antigravity Built an OS)でも、浮動小数点演算やユーザー空間の分離保護などが未実装であることが認められている。報道各社も揃って「コアフレームワークであって完全なOSではない」と指摘していた。デモの数字は公式・各報道に基づくが、舞台上のデモである以上、再現性や条件は割り引いて読むべきだろう。
  3. グラフィック機能を持たず、そのままではDoomも動かせないので、ここで名前を出すのは厳密には適切ではないのだが、規模感としてはxv6のようなものを思い浮かべてもらえばいい。私の娘が大学で使っていたことで知った、必要最低限のOS機能だけを備えた学習用OSだ。
  4. 細かいことを言うと、ゲーム理論には「完全情報(Perfect)」とは別に「完備情報(Complete)」という言葉があり、両者は別の軸だ。ポーカーはルールも利得も全員が知っている点で完備情報だが、相手の手札が見えない点で非完全情報、という整理になる。英語のスペル違いに気づいた方への注釈として置いておく。ここでは深入りしない。
  5. Pluribus(Brown & Sandholm, Science 2019)。6人制のノーリミット・テキサスホールデムで、世界トップ級のプロ集団を相手に統計的に有意な勝ち越しを記録した。ただし、ポーカーはルールが完全に形式化された非完全情報ゲームであり、ルール自体が動く現実世界とは性質が異なる、という留保は要る。