AI時代、人間は非完全情報ゲームを担う

私が「AIには開発できない(だから引き続き人間が担うしかない)」と一年ほど前まで言い続けていたものがいくつかある。その代表がOSだ。自分がかつてOS開発に関わったから、という思い入れもある。だがそれを抜きにしても、OSがもっとも難易度の高いソフトウェアの一つだと言って、正面から反論する人は少ないだろう。優秀なエンジニアでなければ担当できない領域だ。AIがいくら優秀になっても、さらに進化を続けても、この複雑なソフトウェアだけはAIには作れない。そう考えていた。

OSと同じくらい難しいと思っていたものに、コンパイラがある。これもコンピューターサイエンスを修めた人間にしか書けず、AIには当面無理だろうと考えていた。

ところが、コンパイラは、もうAIが書けるようになっていた1。気づいたら、そうなっていた。そして今回のGoogle I/O 2026で、とうとうOSまでAIが書いてしまった。

まず、Google I/Oの基調講演で何が披露されたかを振り返ろう。 (またGoogle I/Oネタかと思われるかもしれないが、ご容赦願いたい)

12時間でOSを書いたデモ

基調講演でいちばん驚かされたのが、このデモだった。Antigravity 2.0 がGemini 3.5 Flashと組み、12時間でゼロからOSのコアを作り上げた、というのだ。基調講演ではその過程と結果が紹介された。驚いたのは私だけではないと思う。なにしろ私は昨年、あちこちで「AIにできないこともあるんですよ、たとえばOSの開発とか」と言っていたのだから。私はまた嘘つきになった。

数字も合わせて示された。動的に生成されるサブエージェントを93個、並列で走らせる。処理したトークンは26億に達し、それでいてAPIの費用は1,000ドルを下回ったという。圧巻は最後だった。組み上がったOSの上で『Doom』を起動しようとすると、キーボードが効かない。ドライバが欠けていたのだ。登壇者が「足りないドライバを書いてくれ」と指示すると、ほどなくドライバが書き上がり、ゲームはこともなげに動き出した。

舞台で見せる以上、リハーサル済みの仕込みではあるだろう。それでも、足りないものをその場で書かせて動かしてしまうのを見て、私は素直に驚いた。技術のデモというより、近い未来を表したSF的ショートムービーのようでもあった。

ただ、これは「完全なOS」ではなかった

落ち着いて調べてみると、これは本格的なOSと呼べるものには至っていない。あくまでコアのフレームワークであって、商用OSとの距離はまだ相当にある。Google自身も、言葉を選んで「教科書レベル」と表現していた2。学部の課題で作るトイOS3、というあたりが実像に近い。

それでも、ここから本格的なOSまで届く日は、そう遠くないだろうと個人的には見ている。一年でコンパイラからOSまで来たのだ。次の一年で何が起きるかを、私はもう言い切る自信がない。

では、なぜAIにOSが書けたのだろう。ここで1つの仮説にたどり着いた。

OSは完全情報ゲームだから書けるのではないか

OSがAIに書けたのは、OSが「完全情報ゲーム」に近いからではないか。

完全情報ゲームというのは、囲碁、将棋、チェス、オセロのような、盤面のすべてが両者に見えていて、隠された情報も運の要素もないゲームを指す。理屈の上では、先を読み切れば最善手が決まる。これに対して、ポーカーや麻雀、大富豪、じゃんけんのように、相手の手札が見えなかったり、全員が同時に動いたりするものは「非完全情報ゲーム」と呼ばれる4。こちらは、推測やブラフ、確率の管理が勝敗を分ける。

完全情報ゲーム 非完全情報ゲーム
情報の見え方 盤面のすべてが両者に見える。隠し情報も運の要素もない 相手の手札など一部が見えない。同時に動くこともある
勝ち方 先を読み切れば最善手が決まる 推測・ブラフ・確率の管理がものを言う
囲碁、将棋、チェス、オセロ ポーカー、麻雀、大富豪、じゃんけん

この2つを分ける境界線をソフトウェア開発に引いてみる。完全情報の側にあるのは、コンパイラやOSの中核のように、ルールや仕様がはっきりしていて、正解がほぼ定まっている領域だ。非完全情報の側にあるのは、ユーザーが次に何を求めるかを読んだり、まだ世にない製品が受け入れられるかを見極めたり、組織やチームをどう動かすかを決めたりといった、相手も状況も移ろう領域になる。ただし、OSを丸ごと完全情報の側に置けるわけではない。その中核は完全情報的だが、動的に制御する層は少し性質が違う。これは後半で改めて触れる。

AIが完全情報ゲームで人間を超えたのは、もはや歴史の話だ。古くは1997年、IBMのDeep Blueがチェスの世界王者を破った。2016年にはAlphaGoが囲碁のトッププロを破り、続くAlphaZeroは自己対戦だけで囲碁も将棋もチェスも超人の域に達した。盤面が全部見えていて、ルールが閉じている。そういう世界で、AIは強い。

なので、私はこう考えた。完全情報ゲームは、これからAIがやるようになる。一方、非完全情報ゲームのほうは、隠された情報を相手にする分、AIにはまだ無理だろう、と。

ところが、調べてみるとそうではなかった。ポーカーという非完全情報ゲームで、すでに2019年にAI(Pluribus)が6人のトッププロを相手に勝ち越していたのだ5。「不完全な情報を相手にする勝負ではまだ人間が上だ」という前提は、もう古かった。

ただし、ここにも一つ頭に入れておかなければいけないことがある。ポーカーは、隠れた情報こそあれ、ルール自体はきっちり閉じた非完全情報ゲームだ。一方、現実の人間を相手にする世界は、もっと開いている。ルールそのものが途中で書き換わるし、何が得点なのかさえ揺れる。

確立されたものを組み合わせて作るOSは、車輪の再発明

それでも、ある程度確立されたものを組み合わせて、用途に応じたOSを作り上げるのなら、それはやはり完全情報ゲームに近い。

ひとつ補っておく。AIが囲碁で強い理由(自己対戦を繰り返して最善手を探す)と、AIがOSを書ける理由(過去の実装を大量に組み合わせる)は、厳密には別のメカニズムだ。ただ、どちらも「ルールが閉じていて、正解が外にぶれない」という一点で通じている。だから同じ完全情報ゲームの比喩で扱える、と私は考えている。厳密な等号ではなく、あくまで見立てだ。

少し昔話をさせてほしい。私がマイクロソフトにいた頃、組み込み版のWindowsという製品(Windows Embedded)を担当していた。正直言うと、メインストリームではなく、傍流でマイナーな製品なので、担当になったときは少しがっかりした。

組み込み版と言うと、PDAやハンドヘルド機に載せる小型OSを想像されるかもしれないが、そうではない。ふだん私たちが使うPC用のWindowsを、特定用途向けに転用するためのプロダクトだ。

この製品が登場する前は、ライセンス的にはかなりグレーな形で、市販のWindowsを機器に組み込んでしまうことがあった。使われていたのは、スーパーやコンビニのPOS端末や、コピー・印刷・FAXをこなす複合機(MFP)などだ。私が担当していた2000年代前半には、たとえばPOSで、客側のディスプレイにCMのような映像を流すことが始まっていた。今ではどこでも見る風景だが、そこにWindowsのDirectXを使いたいという要求があった。そういう用途のために、Windowsを組み込みたいニーズがあったのだ。

組み込み版のWindowsは、私が担当していた当時では、Windows XPをベースに、OSを細かなコンポーネントに分割し、どれを使い、どれを使わないかを選んで組み込めるようにしたものだった。要するに、すでにあるOSの部品から必要なものを選んで組み合わせる作業だ。

ただ、これは見た目ほど単純ではない。コンポーネントには依存関係があり、あるDLLを持ってくれば動く、という話ではなく、必要な別の部品も芋づる式に付いてくる。そのうえ、基本のOS機能を並べるだけでは終わらず、さきほどのDirectXのような機器固有の機能を上に足し、限られたメモリやストレージといった組み込み特有の制約も満たさなければならない。当時の人間にとっては、なかなか骨の折れる仕事だった。

こう書くと高度な仕事に聞こえるし、実際それなりに頭は使った。当時の私も、これを「車輪の再発明」だなどとは思っていなかった。新しい製品を作っているつもりだった。だが、やっていることの芯は、すでにあるOSの部品を選び、並べ替えて、別の用途向けに組み直すことだ。同じパターンの繰り返しが、確かにある。今になって振り返れば、「車輪の再発明」と言われても仕方のない面はあった、とも見えてくる。

ここで一つ、念のために断っておきたい。これは、現場で日々新しいものを作っている開発者を否定する話ではない。一つひとつのプロダクトは、その現場の人間にとっては毎回が新規開発で、「車輪の再発明」などと言われたら腹も立つだろう。私自身、そう思っていなかった一人だ。だが、一歩引いた視座から眺める ― つまり、AIが訓練データで触れてきた量、これまで書かれたOSのソースコードや教科書、世に出た無数のOSSのほとんど、その側から眺める ― と、多くの新規開発は「どこかで見た何か」の組み合わせとして見えてくる。AIは、その「どこかで見た何か」を、人間が一生かけても読み切れない量で手元に持っている。だから、私たちが「新規開発」と呼んでいるものの相当な部分が、AIからは「既知の組み合わせ」に見えてしまう。

この視座の話は、Google I/Oの二日目に書いたエントリ「 アイデンティティシフトを生きる — Google I/O 2026 二日目に思ったこと - Nothing ventured, nothing gained. 」でも触れた。

新規のWebアプリも、スマホアプリの機能追加も、私たちはそのたびに「新しいもの」を作ってきたつもりだったが、もっと大きな視座で見れば、それらは既存領域の中の再発明だった、という話だ。今回の「AIがOSを書けた」も、その同じ話を別の角度から言い直しているにすぎない。

今回の基調講演で見たような、すでに動作実績のあるゲームを動かすためだけのOSは、視座を引いて見れば、車輪の再発明だ。だからAIが可能なのだ。

AI時代、人間はどこで働くか

では、完全情報ゲーム、つまり既知の組み合わせがAIの領分になるのなら、人間はどこへ行くのか。

ひとつは、非完全情報ゲームの側だ。ユーザーの行動を読み、UXを設計し、何に価値があるのかを決める仕事。ここはルールが閉じていない。何を得点とみなすかが、相手と時代によって動く。毎回毎回しつこく宣伝して申し訳ないが、私が書いた『プロダクト倫理』という本は、まさにこの領域 ― AIがKPIの最大化のために勝手にダークパターンを生み出さないよう、誰かがガードレールを引く仕事 ― を扱っている。

ここでOSの話に戻りたい。そもそも私がOSを完全情報ゲームに分類したのは、OSが人間と直接やりとりしないものだと見ていたからだ。WindowsやmacOSには、人間が直接触るUIの部分も多い。だが、そのUIをいったん脇に置くと、OSの本来の役割は、外部デバイスや別のソフトウェア(アプリケーションを含む)を動かすことにある。そこに人間はいない。相手は無機質なハードウェアやソフトウェアで、ルールどおりに動けばいい。盤面はすべて見えている、完全情報ゲームだと考えた。

ところが、その無機質なはずの相手も、動きが読めない。もちろん、その先には最終的に人間というユーザーがいるからだが、それを抜きにしても、デバイスやソフトウェアは互いの動作に影響を与え合う。あるプロセスの挙動が、別のプロセスの次の動きを変える。それぞれの部品が、たがいに反応しながら同時に動いている。

だから、OSの中にも非完全情報ゲーム的な層がある。スケジューラやメモリ管理は、次にどのプロセスが、いつ、どれだけのメモリを要求してくるかが見えない状態で判断を下している。盤面が全部は見えていない。だからこそ、メモリのページ置き換えならLRUやクロック、プロセスのスケジューリングならラウンドロビンや優先度方式といった、いくつものヒューリスティクスの中から、誰かが用途に合わせて選び、ときに新しく設計してきた。さきに予告したとおり、OSは完全情報ゲーム的な中核と、そうではない動的な層の二つからできている。その動的な層にこそ、人間の判断が残っている。

完全情報か非完全情報か、という二分法で人間とAIをきれいに分けられるわけではない。エージェンティックコーディングは、どちらの側にも入ってくる。ただし、その入り方が違う。完全情報の側では、AIが実装をまるごと引き受けられるようになっている。確定した最善手を、ほぼバグなく書ききってしまう。人間に残るのは、ルールとゴールを正しく定義することだ。非完全情報の側では、AIは確率的な候補を量産し、検証のループを回す。人間に残るのは、その中から何を採るかの意思決定と、AIが暴走しないための境界線を引くことだ。後者は、さきほどのダークパターンの話とそのままつながる。もっとも、OSのスケジューラのように技術寄りの非完全情報領域なら、最適なアルゴリズムを研究し、自分で書く仕事も、まだ人間の側に残っている。

開発の性質 AI(エージェント)の役割 人間に残る役割
完全情報的な開発(コンパイラ、物流のルート最適化、静的解析) 実装をまるごと代行する(確定した最善手をバグなく書く) 制約条件とゴールを定義する
非完全情報的な開発(アルゴ取引、セキュリティの異常検知、行動予測ベースのプロダクト) 確率的な候補を量産し、検証ループを回す 採否の意思決定と、倫理・境界線の管理

それでも、両方に共通して人間に残るものがある。正解のない場所で、何を作るべきかを決めることだ。新しい用途を切り拓く領域、まだ誰もやり方を持っていない領域だ。バイオや宇宙はわかりやすい領域だが、それだけではない。「青年は荒野を目指す」(古い例えでほんと恐縮だ)のように、フロンティアを目指すのだ。

視座が変わる時代に

一年前まで、私は「AIにOSは書けない」と言っていた。今は「すでにあるものを組み合わせる仕事なら、AIにできる」と言うようになった。一年でこれだけ変わるのだから、十年後にどうなっているかは、正直、私にはわからない。今回のこの整理も、来年には自分で訂正しているかもしれない。

今のところの予想はこうだ。完全情報ゲーム ― ルールが閉じていて、正解が定まっている領域 ― は、AIが得意とする。だから人間は、非完全情報ゲームの側、まだ正解のない領域に軸足を移していくといいのだろう。OSのように完全情報ゲームに見えるものの中にも、非完全情報的な層は残っている。そこも含めて、人間の出番がすぐになくなるわけではなさそうだ。

さて、来年(と言わず、今年の年末かもしれない)、このブログ記事を自分で読み直したときにどう思うだろうか。また前言撤回する事態になっていないことを祈ろう。


参考


  1. Anthropicが2026年初頭に公開した事例(Building a C compiler with a team of parallel Claudes)。16体のClaudeエージェントが、Rustで約10万行のCコンパイラをゼロから書き上げ、Linux 6.9をx86・ARM・RISC-Vでビルドできる水準に達した。ただしアセンブラとリンカは最後まで不安定で、デモではGCCのものを使っている。AIが書けるのはまだ「コンパイラ」までで、その先は人手が要るのが現状だ。
  2. Google公式ブログ(Google Antigravity Built an OS)でも、浮動小数点演算やユーザー空間の分離保護などが未実装であることが認められている。報道各社も揃って「コアフレームワークであって完全なOSではない」と指摘していた。デモの数字は公式・各報道に基づくが、舞台上のデモである以上、再現性や条件は割り引いて読むべきだろう。
  3. グラフィック機能を持たず、そのままではDoomも動かせないので、ここで名前を出すのは厳密には適切ではないのだが、規模感としてはxv6のようなものを思い浮かべてもらえばいい。私の娘が大学で使っていたことで知った、必要最低限のOS機能だけを備えた学習用OSだ。
  4. 細かいことを言うと、ゲーム理論には「完全情報(Perfect)」とは別に「完備情報(Complete)」という言葉があり、両者は別の軸だ。ポーカーはルールも利得も全員が知っている点で完備情報だが、相手の手札が見えない点で非完全情報、という整理になる。英語のスペル違いに気づいた方への注釈として置いておく。ここでは深入りしない。
  5. Pluribus(Brown & Sandholm, Science 2019)。6人制のノーリミット・テキサスホールデムで、世界トップ級のプロ集団を相手に統計的に有意な勝ち越しを記録した。ただし、ポーカーはルールが完全に形式化された非完全情報ゲームであり、ルール自体が動く現実世界とは性質が異なる、という留保は要る。