IPv6原理主義者と呼ばれてもかまわない

新装刊したUNIX Magazine*1で「IPv6とは何なのか!?」という特集が組まれている。私も取材に協力させていただいた*2。全体としてIPv6の重要性を訴えている中、アンチテーゼのように「IPv6は必要か?」という記事も掲載されている。この記事では、IPv6でなければ出来ないとされているものの反証が行われている。

私もIPv6原理主義者!?

筆者は次のように書く。

(略)
 以上のように、IPv6推進の理由は理念的なものを除けば何もなく、それでもあえてIPv6を推進するのは、もはやIPv6の推進自体が目的となっているのです。つまり、IPv6原理主義者と呼べるのです。

げっ。それって私???

原理主義者と呼ばれても

筆者は、IPv6では実は解決できないものとして、1) セキュリティ 2) 自動設定 3) 信頼性/DDoS対策 4) モバイル 5) マルチキャスト 6) QoSを挙げている。また、IPv4アドレス枯渇問題も退蔵アドレスを回収することやIPアドレスを多重利用することで解決できるとしている。それなりに(一見)説得力はあるので、是非読んでみて欲しい。

もちろん、IPv6推進論者 (^^;;; の私としては反論はある。特に、IPv4アドレスの枯渇問題に対して、NATの利用がIPv4の延命につながるとしているが、アプリケーションやCPE、さらにはネットワーク管理者が行わなければいけない対策にかかるコストが考慮されていないように思う。

 次はP2Pですが、NATとP2Pは非常に相性が悪いといえます。しかし解決策はいくつかあり、何とかなる問題だと思われます。
 その次は、UPnPです。企画的にはこれで完璧なはずですし、現行のほぼすべてのNATルータに入っています。問題は規格が複雑で、現状ではNATルータ側にバグが多い点です。しかし、動作検証体制の確立で充分解決できる問題だと思います。

UPnPにしろ、そのほかのNAT越え技術にしろ、ルーターや対応アプリケーションの開発コストは馬鹿にできない。また、UPnPは残念ながら完璧ではない。だからこそ、WS-Dの推進も必要なのだ。

IPv4枯渇問題に関しては、タイミング良く、荒野さんが自身のブログの『IPv6素朴な疑問集その10 「IPv4アドレスは本当はなくならないのでは??」』という投稿で完璧な解説をされている。

まず、NATによる解決策は次のようにばっさりと切り捨てている。

現状の割当量の伸びはNATを前提としても進んでいるという現状を鑑みるに、ほとんど議論の余地はありません。NATは今まで十分に延命には貢献しましたが、これ以上差し込むところがない以上、貢献しえません。

また、退蔵アドレスの回収についても以下のように書かれている。

旧クラスAなどの使われていない空間を回収して使えば枯渇しない、オークションなどの策を講じれば経済理論に照らして考えて枯渇はない、池田先生以外にもこういう論客は結構いらっしゃるようです。理論的にはありうるかもしれませんね。その理論が机上で成立するのかどうかについては議論する気はありません。

詳しくは荒野さんのブログを読んでいただきたいが、要は評論家ではなく、もし本当に回収がベストなソリューションだと思うならば、それをしかるべき場に提案しなければいけないということ。

IPv6原理主義者と言われてもかまわないが、私としては、荒野さんの言う

・回収はできる範囲で努力することを前提に
IPv6への移行をきちんとする

が極めて現実的な解と思える。

何よりも、IPv6により本来の自由を取り戻せたインターネットにより起こるであろうイノベーションは、現在のIPv4を延命し続けたインターネットでは起こりえないものであろう。

そのためには、たとえIPv6原理主義者と呼ばれてもかまわない。IPv6により実現されるであろう自由を取り戻したインターネットを見てみたい。

*1:それにしてもだいぶ変わってしまった

*2:写真も出ている(^^;;