10年前の自分との対話

infotalkというメーリングリストでよしおかさんが書かれていることを読んで驚いた。専門フィールドは微妙に違っているものの、10年ほど前(正確には9年前)に私が考えていたことと多くの類似点があったからだ。

10年前、私はよしおかさんと同じDECという会社で主にAlpha*1版Windows NT関連のエンジニアをしていた。私の記憶が確かならば、よしおかさんはすでに退職されていたと思う。業績が極度に悪化していた当時のDECは、早期退職プログラムが定例行事になり、先輩や同僚の退職も相次いでいた。猫の目のようにソフトウェア戦略も変更され、その影響により、残ったエンジニアのモチベーションも低下していた。

何度も転職を考えたのだが、そのたびにDECの復活の可能性を信じたいという気持ちもあり、なかなか踏み切れないでいたが、ある出来事がきっかけで、背中を押されるような形となり、最終的に転職することに決めた。

最終出社日の少し前に、社内に退職の挨拶をするメールを送ったのだが、そこには当時の私のホームページに書いた私の退職のメッセージをリンクした。プライベートな部分も多いので、全文は引用できないが、内容は次のようなものだ。

<略>
会社も変われば人も変わる。私の夢は他の会社で実現しようと思います。古いフォークソングではありませんが、新しい船を動かすのは古い水夫ではないのでしょう。これから1ファンとして外からDECを見守りたいと思います。

If you set your mind free,maybe you'd understood.
Prince

TRONで有名な坂村健氏がWired Japanで次のように話されていました*2。「10年前、20年前の自分たちには、今よりも余程、夢があったと思う。マイクロコンピュータが出てきた当初は、人類の未来のためにコンピュータをどう使うか?ということに誰もが想像力を働かせたものだった。残念なことに今はそんな言葉には誰も耳を傾けない。私に言わせれば"商売と泥沼のコンピュータ"、そんな感じだね。夢のコンピュータは、もうどこにもない」。確かに、10年前とは比べ物にならないほどの営利主義がこのコンピュータ業界を襲っているのかもしれません。アランケイの考えたパーソナルコンピュータの構想(Dyanbook)が現在のパーソナルコンピュータにより実現されたとは必ずしも言えません。また、バーネバーブッシュに始まるハイパーテキストの概念が今のInternet上のWWWですべて利用可能になったとも言えません。しかし、それは悲観的にしか考えられないものでしょうか。先人達が考えたさまざまな概念が少し形を変えはしたものの、やっと見ること、触ることができるようになってきたと考えることはできないでしょうか。私にはこれは研究室レベルのものが実用化される際の当たり前のプロセスのように思えます。

我々が幼いころ読んだ空想小説のような輝かしい未来は2000年にはやってこないかもしれません。しかし、コンピュータそしてソフトウェアが持つ可能性を僕は信じます。パーソナルコンピュータ業界もそしてInternetもすでに多くの利権が絡むきれいごとだけではすまない世界になっています。MicrosoftもNetscapeもいかに自社のシェアを延ばすかだけに懸命のようにも見えます。それでも僕はコンピュータ技術の発展が人の生活を豊かにすることを信じたいと思います。

日本DECのCSP、DRP*3で尊敬できる多くの先輩や同僚が辞めていきました。その時以来、友人や先輩の退職を私は次のように考えるようになりました。「この業界ではどの企業にいて働いていても問題ではない。この業界での転職はコンピュータ業界という大きな会社において、部署を異動するようなものである」。異なる会社に勤めていても僕らの夢は同じはずです。方法は異なっても同じ夢に向かっている。そんなふうに思えるのです。こんなことを言うと、僕のことを夢想家と思うかもしれません。でも僕一人じゃないはずです。いつの日にかまた一緒になり、夢を語り合えることができたらいいなと思います。

"Imagine" John Lennon

今読むと、少し恥ずかしくなるような内容だ。「私」と「僕」が混在しているが、これも当時、自分なりに考えて、わざと行ったものだ。

今も、この考えにあまり変わりはない。だが、10年(正確には9年)で、どこまで実現できただろう。改めて、自分がしてきたこと、これからやるべきこと、を考えさせられた。

*1:もう知らない人もいるかもしれない。DECによるRISCプロセッサだ。

*2:(当時の脚注 →)とこのように書きましたが、これは実際の坂村氏のインタビューの一部を抜粋したものです。これだけを読むと坂村氏は TRON に失敗し絶望しているかのように読めてしまいますが、そんなことはありません。 Wired の記事でも実際に TRON が身近なさまざまなシステムに利用されていることが示されています。

*3:DECが当時行った早期退職プログラムの名称