すべての人が寄り添いあえる社会

「5.1chって言ってね、6個のスピーカーを配置することで、サラウンドが実現できるんだよ」

「サラウンドって?」

意外に物を知らない彼女にホームシアターを説明しているときだった。

「普通のステレオじゃなくて、前後などからも音が」とここまで話しかけて、彼は口をつぐんだ。

そうだ、彼女はモノラルの世界に生きているんだった。

 

1年ほど前に彼女は突発性難聴*1を発症し、右耳の聴力を失っていた。

正確には完全に聞こえないわけではない。ただ、一般人の声の周波数帯域と言われている500Hz以上の周波数の音声はかなりの音量でないと聴くことが出来ない。そのため、右から声をかけられても気づかない。

彼女が片耳の聴力を失ってから、彼は彼女との位置を気にするようになった。できるだけ彼女の左側にいるようになった。

彼女抜きで、友人と酒を飲んでいるときなどでも、彼は気になってしまうときがある。ビアホールや若者が多い居酒屋などで飲んでいるときだ。これだけ騒がしいと、たとえ左からであっても、彼女は会話が聞き取れないだろう。そう思い始めると、酒も進まなくなる。 

技術ができること

彼女のような人に技術は何ができるだろう。

普通の補聴器はたいがいの場合、無力だ。聴力を失った耳に役立つ補聴器は無い。

聴こえなくなった耳側に届いた音を、正常な聴力を持つもう片方の耳に飛ばすクロス補聴器というものがある。これなどは突発性難聴で聴力を失った人に使われているようだが、先ほどの例のような、うるさい場所での会話などではあまり使えないため、これも万能ではない。

未踏プロジェクトでOntenna(オンテナ)が紹介されたときは、これだ!と思った。ヘアピンのように髪に着けることで、髪で音を感じるというデバイスだ。今は富士通で開発が進められているようだ*2が、是非とも早期の製品化を期待したい。

ontenna.jp

クロス補聴器のような聴力補助器もOntennaのような音を感じるデバイスも、障がいを持った側が努力をするものだ。このようなアプローチが王道だとは思うが、他に方法は無いだろうか。

歩み寄る技術

ユニバーサル・サウンドデザインという会社がある。ここから出されているcomuoon(コミューン)は聴力の障がいを持つ人に声を届けるためのコミュニケーションデバイスだ。いわゆるマイクとスピーカーなのだが、聴力に障がいを持つ人に話しかける側が聴こえの改善に歩み寄るためのデバイスだ。 

u-s-d.co.jp

人はそれぞれいろいろな特徴を持つ。この特徴は、性格であったり、癖であったりするのだが、身体の特徴としての「でこぼこ」の「ぼこ」になったところが障がいとして社会生活を不自由にさせるものとなる。多くの障がいは特徴などと言うほど甘いものではないのは事実だ。だが、障がいというのは、一部の人だけが抱える特別な事情ではないということだ。年齢とともに誰もがなんらかの障がいを持つようになるが、それだけではない。

彼女だってそうだ。

朝起きたら、なんか右耳が聴こえにくかっただけだった。水でも詰まったかと思い、スマホで「耳 水抜き」とかで検索していただけだったのだが、めまいがひどくなり、病院へ。その日から生活が一変した。誰にいつ起きることかわからない。突発性難聴にかかったら、3分の1の可能性で聴力は快復しない。

すべての人がすべての人に歩み寄れる、寄り添えるような社会こそが必要とされているのではないだろうか。

&HANDとスマート・マタニティマーク

先日、優勝賞金が1,000万円ということでも話題になったLINE BOT AWARDSの審査員を務めた。すべての作品は素晴らしく、どのチームがグランプリに相応しいか悩むほどだった。24組もあったので、正直最後のほうはかなり疲れてしまっていた。しかし、最後の24組目となる&HANDのプレゼンを見たときに、疲れは吹っ飛び、このチームにグランプリをあげたいと、審査員としての自分の意思は固まった。

&HANDは、手助けを必要とする人が持ち歩くLINEビーコンを発するデバイスとLINEボットから構成される。手助けを必要とする人が、支援が必要となったときに、そのデバイスをオンにすると、ビーコンが届く範囲にいるサポーターのLINEにボット経由で通知が届き、サポーターからの支援を受けることができる。

プレゼンテーションで例として話されていたのが、聴覚障がい者が電車の遅延に遭遇したときの例だ。車内のアナウンスが聞き取れなかったときなど、デバイスをオンにすることで、周りのサポーターにアナウンス内容を確認することなどができる。

私がグランプリに相応しいと思ったのは、一般的には特定の場所に固定設置されることが多いビーコンを移動体である人に持たせるという発想がユニークであったことと、なによりも私が考える障がい者に人が寄り添うという考えと同じだったことに感動したからだった。

internet.watch.impress.co.jp

geechs-magazine.com

後日知ったのだが、このチームはAndroid Experiments OBJECTでグランプリを取ったスマート・マタニティマークを開発したのと同じチームだ。

www.android.com

こちらは障がい者ではなく、妊婦向け。アイデアは同じだ。妊婦がデバイスを持ち歩くことで、近くにいる人は支援を必要とするかもしれない妊婦が近くにいることを知ることができる。LINEビーコンを使うかどうかの違いはあるが、こちらも寄り添う気持ちを大事にしたものだ。

まさに、すべての人にはいろいろな「でこぼこ」という特徴があり、たまたま「ぼこ」になった人が周りに寄り添ってもらうことができればという考えだ。

つい先日も同じような体験をした。私は吊革に捕まっていたのだが、前に座っていた女性がすぐ近くに席を探している高齢者がいることに気づかなかったのだ。少し遠いところから、席を譲った人がいて、初めて彼女は近くに支援を求める人がいることに気づいたのだ。

日本では、車内で座っている人の大半は寝ているか、スマホを覗き込んでいる。どちらも、周りは見えていない。悪意無く、支援を必要とする人を無視してしまうことになる。

&HANDやスマート・マタニティマークは、悪意無い人を善意の人に変える、そんなきっかけを作るものだ。

すべての人が、「でこぼこ」の「ぼこ」を支え合え、寄り添い合うようになれば、社会はより優しく、そして強くなる。

技術で何ができるか考えていたが、1つの答えがここにあるように思う。

今後、実際に使われるようになるまで、まだまだ課題は多いと思うが、応援していきたい。

*1:突発性難聴の原因は不明であり、治療しても完治するのは約3分の1程度と言われる。残りの3分の1は後遺症が残り、さらにその他の3分の1はまったく快復しない。発症後48時間(遅くても1週間)以内にステロイド投与を行うことが唯一の確立された治療法で、それで効果がなかった場合には高酸素療法などの治療を試すことになる。

*2:「ろう者に音を届けたい」(前編) 髪の毛で音を感じる全く新しいデバイス「Ontenna」 : FUJITSU JOURNAL(富士通ジャーナル)

HTML5 Conference 2016

昨日は、HTML5 Conferenceに参加した。初回から連続して基調講演を担当させて頂いているのだが、昨年にGoogleを辞めてからはWebばかりを追っているわけではないので、今回はどのような話をするのか悩んだ。

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事前に、html5j代表の吉川さん矢倉さん、同僚のよーいちろーさんと打ち合わせをして骨子を固めたのだが、すぐに準備に取り掛からなかったので、いざスライドを作り始めようと思ったら、決めたことを忘れてしまっている始末。吉川さんにハングアウトで教えてもらいながら準備をした。本当に酷い orz

講演は思いの外好評のようだった。だが、Twitterでも指摘されたのだが、まるでGoogleの中の人のような話になってしまったことは反省してる。もう少し視野を広く持つようにしたい。ただ、Webというのは1社がコントロールできるものではなく、Webというオープンなコミュニティに参加するすべてのプレイヤーが作り上げていくもの。Google在籍時からそう思っていたし、今もその想いは変わっていない。基調講演を一緒に務めたW3C/Keioの中村修先生が、Webは"Distributed Operating System Created by Web Community"だとおっしゃっているのと同じ。

以前、Google Developer Dayという開発者向けのカンファレンスがあった。そこでも毎回基調講演をさせていただくなど、運営のメンバーの1人として参加していたのだが、このような良い意味での「お祭り」は楽しい。昨日は私も楽しませて貰った。久しぶりに会う方々もたくさんいた。スタッフの方々、お疲れ様。

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冒頭で「Qiitaをご存知ですか?」と聞いた時に多くの(ほとんどすべて?)の方の手が挙がったのは嬉しかった。オープンなWeb技術をさらに発展させるために少しでも貢献し続けられるように頑張りたい。

My Newspicks 2016/07/25 - 2016/08/28

1ヶ月分NewspicksNewspicksでコメントしたものから特に気になったもののまとめ)。

それぞれのニュースへのコメントは埋め込んであるリンク先へどうぞ。

PCデポ問題

newspicks.com

PCデポ問題は氷山の一角。契約に関して未成熟な日本社会を感じさせられた。特に、メディアの責任は大きいのではないか。優良企業として番組で紹介されたとも聞く。コメントでは、以前に母が体験した類似のケースも紹介した。

 

newspicks.com

そのメディアの役割を担ったのがライターのヨッピーだった。メディアは猛省すべき。

ちなみに、この件に関しては作り手の立場でも先日ブログを書いた。

 

takoratta.hatenablog.com

プログラミング教育

「次代の教養プログラミング」に関してはすべての記事にコメントした。その後も自分なりに調べたり考えたりしてみている。小学生へのプログラミング教育については、賛成なのだが不安も大きい。実際、教師に教えられるのか、プログラミング教育の授業が追加されるということは授業数が削減される教科があるが、その教科の授業数を削減して大丈夫なのかなどが心配だ。小学校段階におけるプログラミング教育の在り方について(議論の取りまとめ):文部科学省 なども読むなどして、もう少し自分の考えを整理したい。

アダルト産業とIT

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どこまで表舞台に出てくるかわからないが、VRやAIなどにより大きなブレークスルーが起きるだろう。AIが人類の脅威になるという議論よりも先にITによる出生率低下を心配しなければいけない未来が来るのではないか。勢いで、アダルトVRで、世界のセックスが変わる! という本も読んでしまった。

リオオリンピック

オリンピックには興奮しまくったが、Newspicksではあまりコメントしなかった。1つ1つコメントしているときりないし、「感動した」以外にはコメントできそうになかったからだが、それでもいくつかは取り上げている。

 

newspicks.com

次の東京オリンピックの話題も出てきていたが、気候は特に気になる。真面目に何か考えないといけないだろう。それと、夏の甲子園。こっちは今のままだといつか死人が出ると思う。

 

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主張することの大事さ。日本はおとなしすぎないか。

 

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今回のオリンピックでは日本人選手のメンタルの強さを感じた。

 

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オリンピックは楽しかったが、運営コストを考えると、分散開催も視野にいれるべきでは。

 

他のPicksは私のNewspicksページヘどうぞ。

newspicks.com

誇りある仕事

PCデポのサポートサービスや抱合せ的な商法について批判が相次いでいる。

PCデポ 高額解除料問題 大炎上の経緯とその背景(ヨッピー) - 個人 - Yahoo!ニュース

このPCデポの件から思い出されたのが、以前、知人のスマートフォンの買い替えに付き合ったときの不快な体験だ。

予期はしていたものの、いろいろな余計なサービスを付加した形でしか契約ができず(実際にはできないわけではないが、その場合はディスカウントが効かずに高額の契約となる)、使いもしないものを付与せざるを得なかった。

この時は、かなり色をなして怒った。単にスマートフォンを買いたいだけなのに、なんで必要ないものを勝手に付けて、そして付けたほうが安価になるんだと。それはあなた(対応してくれている店員)の判断なのか、ショップの判断なのか、それともキャリアの判断なのかと。今考えると、そんなことをそこで色をなして怒っても仕方ないのだが、あまりにも頭にきたので、少し激昂してしまった。

いくら話しても埒が明かないので、いくつものサービスを付与したまま契約したのだが、わかったのは、それらは1ヶ月間(期間はサービスごとに違ったかもしれない)は無料で、その間に解約してくれれば料金はかからないこと。この点は解約料などが必要とされた今回のPCデポと異なる。

この時は無事に1ヶ月後にサービスを解約できたのだが、解約を忘れて契約を継続してしまうユーザーを期待しているのは明らかだ。なんといっても、店員が「1ヶ月後に解約して構いません」とはっきりと説明した。好意的に解釈すれば、1ヶ月のいわゆる試用期間中にそのサービスを気に入ったら、そのまま正式契約になるので使い続けて欲しいという狙いだとも思えるが、契約させられたいくつものサービスが本人に必要ないことがその内容から明らかだった。万人に向けて試用して欲しいというのを考えていたとは思いずらい。

長々と書いたが、このような不快な体験はすでに多くの人がしていることだろう。このようなことでしか利益をあげられない構造もどうにかして欲しいと思うが、もっと不幸だと感じるのは、そのサービスを企画し、設計し、開発し、運営している人たちだ。

抱き合わせ契約のために使われ、そしてほとんどの人に1ヶ月で使われもせずに解約されるサービスであっても、商品として企画され、設計され、開発されている。1ヶ月を超えて使い続ける人もいるので、運営に携わる人もいる。自分たちの作ったものが、単に契約内容を理解しないか、解約を忘れたことで使い続けさせるためのものだと知っているのだろうか。知ったとしたらショックだろうし、知っていながら仕事をしているとしたら、そこには誇りはまったくない。

ものづくり日本と言われるが、そこには作り手の誇りがある。自分の作ったもので解決したいもの、作り出したい新しい価値がある。

消費者を騙すような形で利用されることを主眼においたものに、誇りのかけらも無いし、もし、作り手の意図と反した提供のされ方をしているならば、それは作り手が自分の誇りにかけてでも、それをやめさせるべきであろう。

Alternative Olympics medal table 〜もしオリンピック参加国が同じ条件で戦ったら〜

リオオリンピック真っ最中で、ネット各社も趣向を凝らしたサービスを展開している。NHKスマホアプリを使ってネット配信で試合が見れるのは大変重宝している。Googleのサービスも素晴らしく、特にアプリを入れることなく興味ある情報が手に入る。Googleに勤務していた北京オリンピックの時に、担当だったGoogleニュースを中心にオリンピック対応をしたのだが、その時と比べて出来ることが大きく増えたのには感慨を覚える。

 Google Japan Blog: Google でオリンピックを楽しもう

そのGoogleが今回提供しているのが、Alternative Olympics medal tableだ。これは各国の順位を公式ランキング以外に、人口、GDP、オリンピックへの熱狂度(Olympic Love)、スポーツファン数、食を通じた健康(Healthy Eating)のそれぞれでランク付けしたものだ。

米国や中国が強いのは、単に人口が多いからでは? と感じたことはあるだろう。その場合は、このAlternative Olympics medal tableで人口でソートすると良い。バーレーンがトップとなることがわかる。

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人口でランク付けとは、すべての国が同じ人口だとしたらという仮定で重み付けしたものだ。同じく、GDPでソートすると経済規模の差異を平準化したランクが得られる。

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今度はフィジーがトップになる。

国を選択すると、国ごとの各指標での順位がわかる。

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オリンピックへの熱狂度(Olympic Love)、スポーツファン数、食を通じた健康(Healthy Eating)の3つはGoogle検索におけるトレンドだ。具体的な検索ワードは明らかにされていない*1が、どれだけその国でオリンピックが興味を持たれているか、スポーツへの興味がどれだけあるか、食の健康への興味がどれだけあるかを重みにしたランクが分かる。

選挙やスポーツイベントなどのたびにさまざまなデータ表現もされるようになってきており、データジャーナリズムの時代を感じることが増えているが、今回のGoogleの試みもとても面白い。

Googleによる背景説明はBuilding an Alternative Olympic Medal Table — Google News Lab — Mediumにある。英語だが、興味ある方はどうぞ。

*1:

https://raw.githubusercontent.com/googletrends/data/master/altmedaltable2016にデータセットが公開されていることになっているが、404になってしまう。