日本人は長文メールがお好き?
On Off and Beyondというブログがある。このブログのオーナーである渡辺千賀さんのインタビューがITmedia Biz.IDシリーズに掲載されていた。
この中で興味深いコメントを発見。
また、日本人はメールが長い傾向がある。隣の席が近く、話が聞こえてしまうというオフィス環境のせいで電話をかけづらいせいではないか、と渡辺さんは推測している。米国人は弁護士でもない限り、議事録などは別として、スクロールしないと読めない長さのメールは書かず、そのような要件は電話で済ませるのが一般的。長々とメールで議論することもめったにない。
「書くのには時間がかかります。話せば5分で終わることを30分かけて書き、時間を無駄にしていないでしょうか。電話だと短くて済むのは、相手の反応を見てインタラクティブに対応を変えることができるからですよね。それから、ネガティブなことはメールだと厳しく思われがちですから、苦情を言いたいときは対面か電話にすることも大事ですね」
確かに、私も日本人はメールが長いと感じることがある。すべての人がそうだとは言わないが、「メールが長い人」と言われて、簡単に数名の人は思い浮かべることができる。得てして、そういう人に限って、内容も複雑怪奇だ。主旨がわからなかったり、最初と最後のほうで結論がずれていたり、質問しているのか、意見を言っているのか、依頼しているのか、単に文句を言っているだけなのか。数度読み直しても、何を言いたいのか、まったくわからないことも多い。こういうメールにまた親切にメールで確認をしたりする人もいたりすると、さらに状況は悲劇的になる。
「直接話しましょう」と言って、実際にオフラインで話してしまえば済むことも多い。
一方、自省すると、前職でも今でも*1英語のメールは私も長くなりがちだ。できるだけ最初に結論を持ってくるようにし、最後まで読んでもらえなくても、主旨だけは伝わるようにするなど、受け手側の気持ちを考えたメールを書くようにはしているが、それでも本社(米国)にいる人間の間でなら、直接会うか電話で済ます内容でも、メールを書いてしまっている。
考えてみると、これは、
- 会話よりもメールのほうが英語ではやはり楽だから(=ミスコミュニケーションの可能性が少ないから)
- 時差があるため、電話でのやりとりは限られるから
という2点が主な理由だろう。後者はともかく、前者は多分に「逃げ」と言われても仕方ない。
一方、前職のとき*2は、日本語でもメールで長々と議論をせざるを得ないときがあった。電話で相手が捕まらないときだ。スケジュールを確認してみても、びっしりと予定が詰まっていて、席にいついるのかわからない。それも特定の一日ではなく、毎日、毎週。先方だけでなく、こちらも同じような状況なので、互いに電話で話すだけでもスケジュール調整をする有様だ。これでは、メールで用件を伝えたり、議論を進めるしかない。
渡辺氏はミーティングについても次のように話している。
「人間が忙しいのは通勤・会議・会食のせい。この3つを抑えるのが私の大事な仕事術です」という渡辺さん。オフィスは自宅の敷地内にあり、庭を15秒くらい歩いて行くだけなので通勤時間は最低限だ。また、会議は2時間までにとどめ、無目的な会食はしないようにしている。
1日平均で2時間以上人には会わないと決めている。「私の場合は、人に会いすぎるとテンションが上がり、頭がごちゃごちゃしてきます。そこで、人に会う時間を1とすると、調べものや物書きなど1人でする仕事の時間はその3〜4倍、というバランスで働いています。やたらと人に会うことはほとんどありません」
ミーティング(会議)が2時間までというのは一日のトータルだと思うが、そこまで抑えられるのは理想だ。私は転職してから、よほどのことが無い限り、一回のミーティングは30分から1時間。一日の中でも半分以上は自分の席にいられるようにしている。これで、驚くほど生産性があがった。
時間が有限なこと。それをもう少し意識したい。Life Hacksでいろいろ工夫するのも良いが、時間を意識することがもっとも基本的なことだろう。