自分の想い−転職した理由

10/28にプロフィールを更新することで、マイクロソフトを退職したことをひっそりと伝えさせていただいた。退職と間を空けず、すぐに現在の会社に転職したため、あわただしかったというのが、きちんとブログのエントリーとして書かなかった一番の理由ではあったが、Windows Vistaの開発完了を間近に控え多忙を極めていたマイクロソフトの元同僚たちに余計な迷惑をかけたくないというのも大きな理由であった。

退職からすでに2ヶ月が経った。その間に何名の方とは直接お会いする機会があり、お話させていただいた。お会いした方々らは「驚いた」と言われ、そして「なぜ」と聞かれた。愛情を込めて、Windows製品の開発を担当していたことをご存知の人ばかりだったので、まさか私が退職するとは思っていらっしゃらなかったようだ。

Windows Vistaも無事出荷された。自分も少し落ち着いたので、年末でもあるし、ここでいまさらではあるが、きちんと転職の理由を書いておこうと思う。

マイクロソフトの将来とは関係ない

まず、「マイクロソフトの将来に悲観されたのですか」という質問を多くいただいた。マイクロソフトのビジネス状況については、私はそれなりに知ることができたが、マイクロソフトとの守秘義務があるので、それをここで詳しく書くわけにはいかない。ただ、これだけは言っておく。マイクロソフトの勢いが無くなってきた、もしくは無くなる可能性がある、というのが私の退職の理由では決して無い。マイクロソフトは大躍進するかもしれないし、凋落するかもしれない。それは私のコメントできるものでないし、私の退職とは無縁だ*1。むしろ、マイクロソフトの安定性や私の社内でのポジションなどを知る方からは「もったいない」、「絶対後悔しますよ」と言われた。確かに、実際にソロバンを弾いて、残りの人生の安定性と想定される生涯賃金を計算したならば、退職するようなことは普通ならば考えなかっただろう。

新たなチャレンジの道を選ぶ

ならば、なぜ辞めたか。

会った方には、いろいろな言葉で説明したが、ここではあえて極めて乱暴に言おう。

飽きたのだ。

私はすでに9年をマイクロソフトでWindowsの開発一筋で過ごしてきた。その前の会社*2でもWindows NTを担当していたので、それをあわせると10数年以上をWindowsと共に過ごしてきた。傲慢と思われるかもしれないが、Windowsの開発であれば、それなりにこなせる自信はある。

Windows Vistaの次にはLonghorn Serverがあり、その後にはまたService Packや次のリリースがあるだろう。開発の都度、新たなチャレンジはあり、日本で担当する開発作業は異なるが、どのような状況になっても、きっとそれなりに無難にはこなせる。マイクロソフトに勤め続けるという安定した路線に乗った場合、数年後の自分が想像できてしまうのだ。

実は、今年はじめ、私は自分のキャリアをじっくりと考える機会に恵まれた。自分のキャリアのたな卸しを行い、将来の目標を考えた。そこで気づいてしまったのだ。今が変革のときだと。

もし何も変えなかった場合、自分は今後もWindowsと共に歩んでいくしかない。それは9年前の自分が希望した道ではあった。ただ、状況は変わった。業界の勢力図も、革新的な技術の分野も、9年前のそれとは異なる。OSの技術に携わるというのが魅力の無い仕事になったとは思わないが、インフラとして安定性や信頼性が要求されるようになる中、期待される仕事の中身も9年前とは異なる。

果たして、この状況で今の仕事を続けるのが自分の希望することなのか。自分もすでに不惑の年を越えた。違うことにチャレンジできる機会はそう多くない。

そう、チャレンジをしてみたくなったのだ。

違うことにチャレンジをするならば、マイクロソフト社内で異動という手段もあった。実際に社内ポジションも検討してみた。ありがたい申し出もいくつかいただいた。しかし、どうせ違うことをやるならば、まったくしがらみのない、新しい環境で行いたい。リスクも大きいだろうが、得ることも大きいだろう。そう考えたのだ。

そう、チャレンジするからには、大きなチャレンジをしてみないと意味がない。

私はあえて、自分に厳しい道を選んでみた。社内ではなく、社外。今までの専門とは異なる分野。

何名かの方に言われたように、もしかしたら、このチャレンジは失敗して、後悔することになるのかもしれない。だが、それでも、チャレンジしなくて、生きる屍のようになって、仕事を続けるよりは良い選択であったと思う。

パラサイトミドルには成りたくない

また、私の最終ポジションは日本と韓国のWindows開発チームのマネージャであったが、仕事の多くは調整であった。開発の責任者と言えば聞こえは良いが、私は正直仕事に情熱が持てなくなっていた。

パラサイトミドルという言葉がある。若手が働いた成果に寄生する中間管理職のことだが、私はすでに立派なパラサイトミドル予備軍になっていた。私が辞めることで、優秀な部下(元部下だが)たちにチャンスが生まれるだろう。


以上、まとまりの無い文章で恐縮であるが、私の退職/転職の理由を説明させてもらった。最後までお読みいただいたことに感謝したい。

マイクロソフト在職中にお世話になった方々、これからもどこかでお会いすることがあると思うが、どうか新たな分野で再出発した私を暖かい目で見ていただけるよう、お願いしたい。

それでは、皆さん、良いお年を!

2006年12月31日
及川卓也

P.S. Windows Vistaの開発完了直前に辞めたのは、現在の勤務先からの強い要望があってのことであり、本来ならば開発完了を見届けたかった。特に、なんらかの意図があってのことではない。

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更新 on 1/16/2007
尊敬する先輩が暖かい励ましの言葉を書いてくださっていた。個人名を隠しているので、わかる人にしかわからないかもしれないが。

あと、古川さんのブログに書いていただいていた。

お二方、ありがとうございました m(_ _)m

*1:中には、マイクロソフトの将来を心配される方も少なからず、いらっしゃった。ありがたい話である。だが、私ごときが辞めたからと言って、大勢に影響はない。

*2:DEC