Chrome OS 10周年

Chrome OSが10周年を迎えたようだ。おめでとう。

Chromebook turns 10

東京にChromeチームが立ち上がりかけていた頃、将来計画などを説明に来ていた本社マウンテンビューのディレクターからOSを作ることを考えているという話を聞いた。Webに最適化されたOSが必要だと熱く語ったそのディレクターは東京のChromeチームの設立の支援者でもあり、東京にもそのOS開発チームを作りたいと言っていた。六本木ヒルズ近くの居酒屋だったと思う。2009年の頃だろうか。本気かなと思いながら聞いていたが、どこかワクワクする自分がいた。

その後、その話はいったんは立ち消えとなり、東京のチームはHTML5と呼ばれるWeb APIChromeに実装するチームとして立ち上がった。

しばらくして、Chrome OSが正式にアナウンスされる。

ブラウザのChromeは当時停滞していたWeb*1の進化を加速させるために開発された。"Living on the Web" --- Webに暮らす人達のために -- これがミッションだった。朝にオフィスに出社したら、自分のPCでFirefoxを立ち上げ、メールはGmail、スケジュールの確認はGoogleカレンダー、ドキュメント作成などは(まだ当時は機能も少なく、極めて不安定だった)GoogleドキュメントやGoogleスプレッドシートで行う。自宅ではYouTubeで動画を楽しみ、Twitterでどんなことが話題になっているのを知る。今となっては当たり前だが、当時はアーリーアダプターと言われるような人たちだけが使っていた環境がやがて未来になると我々は信じ、それを開発ミッションとした。

Chromeはそのリリース直後から、圧倒的な速さと安定性、そしてシンプルな操作性からWeb開発者などの熱狂的な支持を得る。以前から、HTML5という形でWebをアプリケーションプラットフォームとして進化させていたFirefoxMozillaとともに、そして後からはIE(後にEdge)とともに、Webは再度進化を始めた。

しかし、ブラウザだけでは、Living on the Webは実現できない。オフィスでPCを立ち上げるとき、特にコールドスタートという電源を完全に切った状態からの立ち上げでは、当時のWindowsは3分や下手をすると5分も待たなければいけない。私も当時インタビューで答えた記憶があるが、これでは文房具のような手軽さでスケジュールを確認したり、メモを取ったりすることは不可能だ。デバイスやOSもWebに最適化しなければならない。そのようなコンセプトで立ち上がったのがChrome OSのプロジェクトだった。

Chrome OSは完成前にアナウンスされた。オープンソースプロジェクトとしてスタートしたからというのも理由の1つだろう。そのアナウンスの場で、Googleは次のように宣言した。

「電源オフの状態から電源を入れて、10秒でGmailを使えるようにする」

10Xという言葉がある。10%向上ではなく、10倍を目指せという言葉だ。この「10秒でGmailを使えるようにする」というのはまさに10Xを目指すゴールだ。当時のWindows PCが3分かかっていたものを2分にするとかであれば、既存の方法の延長線上で可能だ。しかし、10秒となると要らないものを削ぎ落とすなど抜本的な発想の転換が必要だ。

正直社内にいた人間であっても、本当に実現できるのかと思ったが、その1年半後野に最初にChromebookがお披露目されたときに、その約束は見事に実現された。

東京にいた私がChrome OSに関わるようになった時期を正確には覚えていないが、マネージャーとしての組織戦略的な理由もあり、早い時期に手を挙げ、いくつかの機能を担当するようになった。

国際化は前職*2で十分やり尽くした感はあったが、誰かがやらないといけないと思い、表示周りと入力周りで、FontとIMEに手を挙げた。前者はChrome側でのWeb Fontsの実装を行った実績があり、後者はすでにリリースしていたGoogle日本語入力を持っていたことも強みとなった*3

Fontは最初はIPAフォントで、その後はモトヤフォントを用いた。契約なども担当した。当時、ご協力頂いた方には本当にお世話になった。

IMEは日本語だけでなく、他東アジア言語も対応した。ちょうどこの頃、NHKのプロフェッショナル仕事の流儀の番組が撮影されていた。少し脱線するが、あの番組に私が出ることになったのは、私がGoogleを代表する人間だったわけではまったくなく、単に外部に公開することが可能なオープンソースプロジェクトを担当していただけの理由だ。それはともかく、あの番組で紹介されていた開発のいくつかはChrome OSIME周りの話だ。

ChromeChrome OSの開発で何度も本社に出張していたが、ちょうど本社にいるときハードウェア担当の人間から相談があった。英語版以外のキーボード配列を考えないといけないのだが、どうすれば良いだろうかという内容だった。ヨーロッパ言語についてはだいたい考えられているようだったが、日本語を含む東アジア言語はさっぱりわからないと言う。そのとき、つい以前に日本語キーボードを開発したことがあると口を滑らせた。それを聞き逃さなかった担当者から、お前やれと言われ、考えたのが今のChromebookの日本語キーボード配列だ。製造元となるOEMの事情など、色々と制約がある中では悪くない配列なのではないかと思う。今でもネタっぽく話すことがあるが、自分の中でもユニークな実績として語れるものとなっている。

IMEに関しては、台北Chrome OSチームを訪れたときに、繁体字簡体字には様々な入力方式があり、1つのデフォルトIMEを定義するだけではユーザーに満足頂けないことを知った。そこで始めたのがIME APIだ。これはChrome OSChrome Extensionの枠組みを使ってIMEの実装を可能とするものだ。Chrome OSはWebアプリしか動作しない*4ので、この方法しかなかった。

東京のChrome OSチームが自分の手を離れた(巣立っていった)のがいつだったのかは覚えていない。しかし、Chromeとは兄弟プロジェクトのようなものだし、なによりも自分がユーザーだったので、その後も社員だったときにはずっと関わっていた(と言いたい)。

自分自身がユーザーだったと書いたので、デバイスについても書いておきたい。最初のデバイスはCR-48だ。しかし、今だから言うが、このCR-48はとてつもなく使いにくかった。個人差もあるだろうが、私としてはタッチパッドの操作性が許せなかった。しかし、自分で自分のドッグフードを食べるという方針*5のもと、使い続けた。

これは素晴らしいと思ったのが、Chromebook Pixel。大きかったので携帯するのは苦労したが、ほぼすべての事務作業はこれで行うようになった。

www.google.com

その後、Googleを辞めて、ChromeともChrome OSとも正式には関係なくなったが、それでもChromebookは常に所有している。今ではAndroidアプリも動作し*6Linuxも動作する。

そして、文部科学省GIGAスクールで採用された。冒頭で挿入したツイートは小学校のプログラミング教育必修化に先立ち、準備を進めていた小学校の公開授業に参加したときのものだ。iPadで音楽の授業を行っていたり、フィジカルプログラミングとして手で触れるガジェットで体験をしている子どもたちもいた。そして、小学校2年生か3年生の授業だと思うのだが、Codemonkeyでゲームづくりをしている子どもたちの使っているマシンを見たら、なんとChromebookだったのだ。蓋にChromeのロゴが入ったマシンを2人か3人で覗き込んで、楽しげにプログラミングしている様子を見て、不覚にも涙が出そうになった。

その授業で使われていたマシンは半分がChromebookで、もう半分はWindows PCだった。落ち着いて考えると、Windowsも自分が開発に関わっていたので、同じくらいに興奮して良いはずなのだが、何故かそのときはそのことをまったく思い出さなかった。

プロダクトに対する愛情の違いかとも思ったが、おそらくそうではない。今でもWindowsのことを否定されると色をなして怒る。立ち上げに関わったかどうかで思い入れに違いが出たのだろう。

今は私はまったく関係ない部外者だ。オープンソースプロジェクトへの貢献も行えていない。しかし、あの10年前の夢が実現され、当時は考えもしなかった世界が広がっていることを知るのは自分ごとのように嬉しい。

おめでとう。

*1:主にブラウザ側。これまた私の古巣で、しかも私が担当していたIEが進化を止めていたのが原因だ

*2:MicrosoftでのWindows開発

*3:余談となるが、Googleに転職したときは、OSやブラウザなどはMicrosoftで、WebがGoogleとレイヤーが異なるプレイヤーであり続けると思っていた。辞めたとはいえ、Windowsには愛着はあったし、下世話な話だがMSFT株は持ち続けていたので、古巣のMicrosoftGoogleは競合せずにいてくれればと思っていた。しかし、実際には、OSにブラウザにIMEとすべて古巣でやっていたことを再度Googleでもやることになり、知人からはなんで古巣に牙むくようなことばかりやるのかと揶揄されたりもした

*4:今は違う。Androidアプリも動作する

*5:Eat your own dogfood

*6:最初の仕組みは私が在籍時にすでに提供されていた